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庭野日敬の提唱した、明るい社会づくり運動の次世代のリーダー育成が必須ではないのか [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動の実態調査


私が以前に行いました、

明るい社会づくり運動の実態調査から

様々な事を教えていただきました。


その中には、

順調に活動を進めている地域もありましたが、

逆にまたそうでない地域もありました。


また、

順調に活動を進めている地域と、

またそうでない地域の中にも、

共通点がある事が分かりました。


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現状の把握が不可欠


私は、明るい社会づくり運動が

今後さらなる飛躍をして行くためには、

現状の利点と

不利点の解析をする事が

必要不可欠になると思います。


その為には、

現状がどうなっているのかを

知る必要があると思っています。


現状の把握を行い、

現状の分析がしっかり出来ない限り、

本当の意味での

利点と不利点の解析が出来ません。


また、正確な現状の把握や分析が出来ない以上、

その為の効果的な

対策を講じる事は難しいと思います。


辛い現実にも向き合う事が不可欠


その為には、

時には辛い現実とも

向き合わなければならない事もあると思います。

でも、そこから逃げる事無く、

前向きに取り組む姿勢を示す事が

求められていると考えます。



私の所にお送りいただきましたメールの中に、

大変重要な意見をお持ちの方がいらっしゃいました。


その方は長年の間、

明るい社会づくり運動に携わって来られた方です。

また、庭野日敬師の思いを理解し、

ご自身の地元で大変に努力された方です。

それだけに、

明るい社会づくり運動の実態を

ご自身の目でしっかりと見つめ、

現状を把握している方です。


そして分析をなされ、

課題点からその対策までを

しっかりとしたお考えをお持ちの方です。


以下に、ご紹介をさせていただきます。


~~~~~~~~~~~~~~

報告書より


 明るい社会づくり運動の組織において

地区協議会が当面する共通課題として、

役員やリーダーの高齢化や不足に悩み、

世代交代が進まずそのまま組織の活力の停滞を招き、

有効な手を打てないまま

組織の解散や運動の実態のない地区もでてくるようになった。


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停滞を招く原因として

リーダーの意識に大半の理由があるように見受けられる。


役員としては会員から会費や協賛会費を募り、

運動方針を決めた以上

活動をやめるわけにはいかないと考えてはいるが、

意識がそれ以上でも

それ以下でもなく活動は一応継続されているが、

活動の範囲を広げたり

頻度を上げたりといった発展的な取り組みに欠けており

現状維持ということになる。


したがって新たなメンバーが

加わるチャンスも生まれにくいという

悪循環が生まれくる。


 さらに
「中心となり、下支えするメンバーが不足している」

ということについては

組織の中で

リーダーの育成がうまくいっていないという

状況も見えてきます。


従って必然的に、リーダーの世代交代は難しくなります。


昭和40年代後半に先駆的リーダーにより、

全国の都道府県を網羅するかたちで

上位下達方式に組織化された明社運動は

任意団体 ― 法人化 ― 任意団体と組織も変遷してきた。


運動提唱者の精神を原点として

自治体単位に組織化され、

地域に根づいた活動を推進してきているが、

どちらかと言えば、

「大勢で一緒にやる」エリア型の活動は伝統的に強いが、

テーマ型を目指す

NPOやボランティアグループのような

NPO型の活動は不得手であった。


従って地域のネットワーク化を

目指し法人化されたときには、

エリア型活動で進んできた

伝統的組織である明社組織内に、

少なからず混乱をきたした。


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明るい社会づくり運動が

取り組むテーマがエリア(地縁)型であれ、

広域にわたるテーマ型であれ、

永年の間、

当面している課題解決のための

取り組みに没頭するうちに、

取り組みそのものを

維持することが目的化してしまいがちで、

そこには、

課題の変化が見えなくなってしまい、

柔軟な対応ができず組織の硬直化を招くという

落とし穴があったのではないかと思われる。


特に次世代や若者が参画するような企画が少なく

組織が新たな課題に

チャレンジするエネルギーを得るという

大事な側面が欠落している。


課題の変化に対応するという

組織の柔軟な取り組みが

様々な世代が関わり合う

環境をつくることによって可能となるが、

次世代との協働をすすめる取り組みが

組織の柔軟性を生むことで

活動が活性化するということもあるわけです。


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従い、テーマ型にせよエリア型にせよ

組織の結束が維持されていくには、

この点の理解をもとに

組織内部の役割分担を明確にして

機能のすみわけについて

合意を得るということが、

まず内部の協働力を強めるポイントであると考えられる。


それを課題としてとらえるならば、

課題の変化に対応するチャレンジを積極的に行うこと、

組織の活動や運営の中に

積極的に異世代協働をつくりだすことが

大切だということになります。


そして責任ある活動ができるように

研修や養成の機会(人材養成事業)を

具体的に用意する取り組みが大変重要です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/
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庭野日敬師の御心をどこまで、ご存知でしょうか。 [インタネット講座「拓塾」]

数年前に思いがけない本を手にしました。

それは、私がいつも手を伸ばせば

届く所に置いてある本でした。


十数年前に、

地元の佼成会の古い幹部さんだった方が、

私の家をわざわざ訪ねてこられ

「佐藤さんは庭野先生(開祖様)の事を

一生懸命にやっているようだから、

私が持っている資料(本など)を

差し上げるからもらってくれないか。」と

言って下さいました。



私にすると一つでも多くの資料が

いただける事がどんなにありがたい事かは、

理解していましたので大変感謝して、いただきました。


その後から、現在でもとても大切にしております。


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その中に

「立正佼成会における本尊勧請の経緯とその意義」

(昭和43年3月5日発行)という本がございました。


黒表紙に銀色の表題になっており、

副題に「本尊観の確立のために」となっています。


その本に書かれている事を、

私はとても大切な事だと受け止めていますので、

いつでもすぐに手を伸ばせば届く所に置いて

時々に、書かれている事を確認していました。


そんな折、

先日すぐ隣にある資料を取りだそうとしましたら、

この本の存在がとても気になりましたので

何気なく手に取り、

パラパラと開くとある個所が目に留まりました。


今まで何度となく開いていましたが

特に気にかける事無く読んでいた個所でした。

そこには次のように書かれています。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

世界の現状をみる時、

宗教の果たすべき使命が

いかに大きいかということを痛感いたします。

科学エネルギーの利用といった

物質文明の高度の発達に比較して、

人間の人格の向上といった精神文化が

いかに遅れていることでしょう。

この両者のアンバランスの中に

現代人の危機があり、最大の問題があるのです。

現代人がその危機をのりこえるために、

精神文化の高揚が叫ばれ、

したがって、

人類の普遍的な指導理念が

つよく要望されるようになります。

古来から、

東洋人は精神文化にすぐれ、

西洋人は物質文明にすぐれていると

いわれていましたが、

今こそ東洋人はその特質を生かして、

全人類の幸福のために貢献すべき時がきているのです。


そのためには、

現代という時代がどういう時代であるのか、

また、未来はどうなるのかという点についても

正しく洞察して、

過去の思想や行動に反省を加え、

西洋人のすぐれている点や

長所特質についても、じゆうぶんに学ぶ必要があります。


とくに、広く西洋の諸宗教および

諸思想と東洋の諸宗教と諸思想との間に

(大いなる対話)をする必要があります。

その対話の積みかさねによって、

東洋思想と西洋思想との長所を備えた、

そして今までの東洋文明とか

西洋文明とかいう考え方や、

精神文化、物質文明という考え方より

もう一歩奥に進んだ、内容の高い、

普遍的な人類の指導理念を確立し、

それによって

新しい形の文化文明を築いていくことが

必要であると思います。


そのために、

日本の宗教者に裸せられた役割は、

まことに大きなものがあります。

とくに中道の教えを説く(仏教)には、

あらゆる宗教および思想との対軒に欠くことのできない、

すぐれた理念を含んでいます。

ですから仏教徒には、

宗教者としての大きな使命があるといわねばなりません。

 (P91~P93)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


まさに、

昭和44年4月27日 香川県高松市に於いて、

「明るい社会づくり運動の第一声」で

庭野日敬師の講演で

お話いただきました事と同じ事を、

ここでお話しているのです。


庭野日敬師が、

「立正佼成会における本尊勧請の経緯とその意義」

ここでおしゃっている事の先に

「世界宗教者平和会議」や

「明るい社会づくり運動」も

あるのだと受け止めています。


私はまさに、

庭野日敬師の心からの叫びだと受けとめました。


特に、立正佼成会さんにおける

大切な御本尊さんのお話の中で

この事が出て来ている事が、

とても意義深い事だと考えています。


庭野日敬師は、

たまたま気まぐれで「明るい社会づくり運動」を

始めた如くおしゃる方が多々いると聞いていますが、

実はそうではく

大切な御本尊さんとのご縁で、

スタートしたとても大切な活動である事が

ご理解いただける事と思い、

ご紹介する事としました。


庭野日敬氏の思いや願いを、

もっと深く探求されようとする方が

いらっしゃるようでしたら、

実際に手に取り拝読されると、

庭野日敬師の御心に触れる事が出来ると思います。


私達は、
亡き庭野日敬が残してくれた形式だけを尊ぶだけではなく、
もっと深く庭野日敬師の御心を理解する事が、
今 求められていると私は受けとめています。

その先に、何をすべきががはっきりと見えてくるはずです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あなたに出来る事・私に出来る事を通じて、


よりよい明るい社会づくり運動にして行きましょう。

私の今年のキャッチフレーズは、

「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/ 
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一隅を照らす者あれば国の宝なり | インタネット拓塾 [インタネット講座「拓塾」]

ありのままに見る習慣を付けよう!

私達は毎日の生活習慣の中で、

日々起こってくる様々な出来事をどうしても、

日頃の生活習慣や、

先入観念で物事を見てしまう傾向にあるようです。


おそらく、その方が楽なのかもしれません。


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「以前はこのようにやっていた。」とか、

「おそらく、こうではないだろうか。」

「誰々がこう言っていた。」

また、

「新聞やマスコミ報道がこのように言っていた。」

その事が、事実なのか、そうでないのかを確かめる事なく、

日頃の生活を送ってしまうようです。


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私は以前、明るい社会づくり運動 全国拓塾の入塾式の時に、

佐藤秀裕氏のおしゃった言葉を忘れる事がありません。

佐藤秀裕氏は、

「これから全国拓塾で行われる研鑚を鵜呑みにしてはいけない。自分自身の眼で確認し、咀嚼し、自身の物にしなくてはいけない。」と。


私達の身の回りには、様々な出来事が起こって来ます。

日々、起こって来る出来事を、

自身の憶測や先入観念で見る事を一時休止して、

「ありのままに見てみる。」その事がとても大切だと思います。



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例えば、

〇新型コロナウイルス肺炎の実態は報道されてるとうりなの。(真実と事実の違いとは?)

〇新型コロナウイルス肺炎はいったいどこまでが安全で、どこからそうでないの。(その根拠は?)

〇新型コロナウイルス肺炎を本当はどうしたら防げるの。(試験デタ-はあるの?)

〇新型コロナウイルス肺炎の保障の負担を、本当は最終的には誰が負担するの。
      (本当の負担は、 国 ・ 国民 ・ 企業 、いったい誰だろう?)

〇新型コロナウイルス肺炎の安全を必死に確保しようとしている人たちがいる事忘れてはいけない。

〇新型コロナウイルス肺炎を本当に終息出来るの。

〇新型コロナウイルス肺炎のワクチンはいつ開発出来るの。 tec


一歩、その眼を転じて、

今までとは、視点を変えて見る事はとても大事な事です。


私達は、現状を出来るだけ正確に把握し、自分自身の眼で確認し咀嚼し、自身の物にしなくてはいけない。


そして、

「私自身に何が出来て・何が出来ないのか」を己自身に問い、

「自身に出来る事を始める」、

そこが大切なポイントだと考えています。


「一隅を照らす者あれば国の宝なり」



自分なりに「今出来る事を、真心を込めて繰り返して行く。」


こんな気持ちで日々努力しいく事が大切になります。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
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庭野日敬師の明るい社会づくり運動の歴史的試み、 [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動の新しい社会をつくる歴史的試み

私は、庭野日敬師が明るい社会づくり運動を提唱され、
多くの人達の支持いただき今日までその活動がくり返し継続されている事は、
日本の歴史の流れの中でどのような意味を持つのか、
持たないのかを、検証する事はとても大切な事だと考えています。
そこで今回は、元 明るい社会づくり運動全国拓塾長でありました、
佐藤秀裕氏の著書の中に、
とても大切な事を述べている文面がありましたのでご紹介致します。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
新しい社会をつくる歴史的試み

                   佐 藤 秀 裕 氏
                   元 明るい社会づくり運動 全国協議会・拓塾々長

明るい社会づくり運動が、
各地区で活動され始めて、当初は単に奉仕活動中心に展開されていたが、
現在では、全国的規模での都道府県、地域によっては市町村単位組織での運動が
展開されるまでになっている。
この運動が始まって、わずか十五年の歴史だが、この間いろいろな出来事があった。
運動理論、組織、財政、活動に関すること、人間関係等、様々な問題が生まれた。
わずか十数年の歴史の流れの中にも運動を左右する貴重な足跡が残されているようだ。
先に書いたように、今、明社運動は一つの大きな曲り角に来ていると思える。
この運動の基本原則、基本方針として進めてきた理想が、
現実社会に即応するのかどうか、
また、そのまま現実性、実現性があるのかどうか再検討する時に来ていると言えるようだ。
表面的に観れば、単に活動奉仕団体であり、
ボランティア活動の一環であるかのようである。事実そう思っている人が多い。
しかし、この運動の目的は社会改革運動として位置づけるところに、基本方向があり、
そこに、運動の意義、目的が生ずるものだろう。
社会改革と言えば、何か急激に物理的力、経済力によって
現在の社会体制に反体制運動として進めるという感を与えてしまうが、
社会を改革する方法して、何も反体制運動として進めるものでない。
破壊的革命でなくとも社会改革の方法はあるのである。
一般に革命と歴史的に言われてきたものを「外的改革」とすれば、
明社運動は「内的改革」の方法をとるものである。
まさしく明社運動は「新しい社会をつくる」歴史的試みの運動と言える。
本運動がこれからも奉仕活動組織として、
ボランティア運動として方向づけしていくのか、
または、社会改革運動として方向づけしていくか。
この点が曲り角とか分岐点に来ているといわれているのである。
また本運動のきっかけは、一宗教家によって提唱されたことであり、
どうしても宗教団体に属する人の参加が熱心で、
宗教運動とみられることがマイナスに作用していることもある。
ここに本運動が宗教的色彩の強い運動から、
いろいろな価値観、人生観、立場、職業をもつ住民を巻き込んだ
住民運動へ方向づけられるかが、今後の本運動の将来にかかわる課題がある。

本運動にとって大事なポイントは時代を先取りし、
既成の価値観、時代風潮をリードする先見性が必要となる。

「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに  
               初版 昭和61年6月1日 (序文p8~10)
               著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

佐藤秀裕氏は当時の時代背景を含め、
この明るい社会づくり運動の大きなターニングポイントを的確にとらえていると思います。
後日に記載させていただきますが、庭野日敬師の明るい社会づくりに対する、
お考えなどをかみ合わせると、とても意義深く大切な内容のお話です。

私は、これからの明るい社会づくり運動には、
このような視点や感性を持ち合わせるリダーが必要不可欠だと思っています。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
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明るい社会づくり運動とは・・・、生かされている恩返し [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動とは・・・、生かされている恩返し

今日から5月になりました。

でも、今はコロナ過の状況ですが皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私の家から見える富士山も、最近の朝夕の寒さの影響で空気が澄んで来ましたので、鮮やかにくっきりと、とっても綺麗な富士山が見えています。


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視野や感覚や、こころが済んで来ますと、出来事や物事を正確にキャッチ出来るようになります。

しかしその逆に、独善的に視野や感覚や、こころが歪んで来ますと、出来事や物事を正しく捉える事が出来なくなった来ますので、知らず知らずに、その判断や行動に誤りが生じやすくなって来ます。

そんな意味で、日ごろの精進や努力を重ねる事が重要になります。


庭野日敬氏は、こんな事を言っています。


生かされている恩返し

仏教の教えの基本が、すべての存在は他との関係(縁)なしにはありえない、という縁起観であることは、みなさんもよくご存じのとおりです。

その教えをどう実践に移していくかです。

まず、自分が今日一日を無事に過ごせるのはだれのお陰であるのかどれだけの人の助けをいただいているか、その縁起を知ることが報恩行の出発点です。

私たちは仕事が順調に進んでいるときには、すべて自分の力、自分の努力の結果だと思い込んで得意になっているのですが、それが、どれだけ多くの人の後押しによってなっているか、毎日、振り返ってみる習慣をつけてしまうことが大切です。

朝夕の経典読誦のご供養は、その行の一つなのですね。

いつも、まわりの人たちへの感謝を忘れずに、その感謝の気持ちを素直に表わしていく生き方と、自分を過信して得意になったり、努力が報われないと恨んだりする生き方とでは、天地の開きが出てしまいます。

先祖供養も、親孝行も、菩薩行も、すべて今日の自分をあらしめているものへの恩返しの行なのです。
   
庭野 日敬 著 『開祖随感』 
 1993年(平成5年) (佼成出版社) より



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お互い様に、様々なご苦労があると思いますが
     精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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明るい社会づくり運動インタネット講座-開設の背景とねらい [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動インタネット講座-開設の背景とねらい


インターネット講座 拓塾を開設するにあたり、
    基本的な事を以下にまとめてスタートしています。(2010-09-03)


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インターネット講座 拓塾-開設の背景とねらい

今、世界も日本も困難な厳しい時代にある。
この厳しい時代を切り拓いていくには、
自主・自立の精神のもとに明るい社会づくりがなされなければならない。
個々の置かれている状況や立場に応じた国づくり、地域づくり、人づくりが求められている。
特に現在社会では、インターネットなどのデジタル文化がダイナミックに成長を続け、
過去の経験や実績だけでは対応が出来にくい社会情勢にあります。
また、社会構造が複雑化されつつある現在では、個々の人格や人間性が見失われ、
「相手を思いやる心」・「感謝を忘れない心」・「奉仕をする心」など、
日本人が最も大切にしてきた心の荒廃が加速度的に進んでいます。

このような現代社会の中にいる私達の活動では、
後継者リーダーの育成に力を入れる事は不可欠であります。
そこで、新しい試みとして、
「インタネット講座・拓塾」開設の構想が実現化する運びとなりました。

ただ単に、その場の思いつきや個々の思惑だけで行動するのではなく、
過去・現在・未来と三世の流れを見通し、
それぞれの時代に生きた人々の願いや思いを理解し・咀嚼し、新たな時代に相応した、
新たなリーダーの育成が急務になって来ている現在である。

国をつくるのも、地域をつくるのも人であります。

相互の交流を通して本運動の中核、リーダーとして、
これからの地域社会、国づくりにふさわしい人材を育てていくことを考えている。
奉仕の精神に徹し、開拓精神に燃えている活動家が、
人づくり、社会づくりの同志として学習、行動してゆこうというのである。

ここでは、運動の基本理念をもとに自修自得を基本として、
運動の推進力になってもらうため、
仲間づくり、組織づくり、地域の発展のために行動できる
人材育成をめざすことにしている。


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インターネット講座 拓塾-建塾の精神

混沌とする国際社会。激変する世界状況は、
日本の行く先々を予測することも、対応することも難しくなっている。

時代は、旧い世界の秩序、崩壊に伴い、新しい秩序を模索する段階に来ている。
いわゆる時代の転換期にあるとも云える。
このような時代においては、
難局に立ち向かう激動に強い「人材育成」、「人づくり」の必要性が、
ますますたかまってくる。

「拓塾」は社会生活の根幹(基礎)である家庭の荒廃の時代にあって、
奉仕と畏敬の精神を昂め、身近な地域社会の繁栄の道を究め、
共生・共存の健全な社会実現のため、行動できる人材育成を目指す。


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インターネット講座 拓塾-塾 是
「拓塾」は実践的理論追求の場であり、
活動体である。単なる情報提供、教養を身につける場ではなく、
自己改革(自分づくり)の場であり、社会改革(社会づくり)を実践的に促進する場である。

インターネット講座 拓塾-行動指針
一、自修自得 自修自得を基本として切磋琢磨・自己改革をはかる。
一、先駆開拓 進取の気性・開拓精神・意欲を養ない、時代の先駆けとなる。
一、知行合一 知識は行動してはじめて意義がある。行動につながる学び方を身につける。

インターネット講座 拓塾は、
明るい社会(健全な社会)の実現に寄与できる「人づくり」を目指し 
〝自修自得“を基本として、
時代を先駆ける開拓精神旺盛な実践(行動)と理論共に備わった、
言行一致に富む知行合一された人材を輩出させたい。

かつて、吉田松陰の松下村塾における人間教育は、
教え込むというより、塾生自身の個性、能力に応じて、
これを引き出すためのアドバイザーであった。
インターネット拓塾の行動指針の一つ「自修自得」は、
その精神を活かそうとするものである。

次に松下村塾生は、
時代の先駆けとなって新しい時代を創り出していった。
いわゆる「先駆開拓」 の精神か旺盛であった。
そして、松陰の教育の大切なポイントは、
単に知識を吸収するというものでなく
行動につながるような学び方を教えた-「知行合一」。

この三つの精神は、そらく古今東西を問わず、
”世のため人のため“社会行動を起こしていこうとする者にとって
必須条件だろう。


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○●-----------------------------------------------------●○

以上が、私がまとめたインターネット講座 拓塾の基本的な構想です。

山梨の小さな街の一角に住んでいる、
ちっぽけな私に、どこまで出来るのかは未知数だと思います。

しかし、
「この事は、何処かで誰かが始めないと、いけないのではないでしょうか。」

「気が付いた人が、気が付いた人から始める」

明るい社会づくり運動の基本中の基本だと、私は教えていただきました。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/
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今、明るい社会をつくる為に求められるリーダーとは ! [インタネット講座「拓塾」]

私は明るい社会づくり運動の全国拓塾で
教えていただいた事の中で印象に残っている事に中に
「リーダーのあり方」があります。

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リーダーのスタイルの中には色々な形がありますが、
リーダー自身が先頭に立って引っ張って行くタイプではなく、
リーダーの本来の役目・役割は、
「メンバーの方々が本来の目的や活動を
しやすい環境をつくり出して行く事である。」と、
全国拓塾の様々な研鑽の中で教えていただきました。
この事を、私自身は現在でも心に刻み、事あるごとに実践を心がけています。

 「どうしたら、
 会員やスタッフの方々が喜びや、
 やりがいを持って活動していただけるのか。」

 「私の目の前にいる方に、
 元気で活動していただく為には、
 私はどのように動けばよいのだろうか。」

たえず考えていますと、不思議と良いアイデアが浮かんで来るので、
私は現在でも、とても良い事を教えていただいと感謝しています。

そのような事を思っていましたら、
先日、佐藤秀裕氏が執筆された
「リーダーの条件
・自己を見つめ、他人を見つめ、未来を見つめよう」
原稿を発見しました。

20年近く前の物ですが、
現在、どなたが読んで頂いても充分に対応出来る素晴らしい内容だと思っています。

但し、著作権がありますので
佐藤秀裕氏の奥様にご了解をいただいた後に、
ホームページに掲載をしています。

 ⇒  http://www.meisha.me/leader.html

現在、すでにリーダーの方や将来リーダーになる方には是非読んで頂きたいと願っています。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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世界宗教者平和会議と明るい社会づくり運動(1) [インタネット講座「拓塾」]

前回のお話から、ご自身で資料を探したり、

正確な情報を確認した方が、どのくらいいらっしゃるでしょうか。

私は、以下の立場を常に取っています。

インターネット講座 拓塾 -塾 是

「拓塾」は実践的理論追求の場であり、活動体である。

単なる情報提供、教養を身につける場ではなく、

自己改革(自分づくり)の場であり、

社会改革(社会づくり)を実践的に促進する場である。

インターネット講座 拓塾 - 行動指針

一、自修自得   
自修自得を基本として切磋琢磨・自己改革をはかる。

一、先駆開拓   
   進取の気性・開拓精神・意欲を養ない、時代の先駆けとなる。

一、知行合一   
   知識は行動してはじめて意義がある。
   行動につながる学び方を身につける。


このブログをご覧いただいている皆さんが、

本気になり、

行動を起こさない限り何も変わりません。


是非、

ご自身で出来る事でかまいませんので

アクションプランを考えてみて下さい。


さて、今回は

「世界宗教者平和会議と明るい社会づくり運動」についての

庭野日敬師のお言葉を資料として提示させていただきます。

あえて、私の注釈は付けません。

出来る事であれば、

一度だけお読みいただくのではなく、

くり返し・くり返し読んでいただき、

庭野日敬師のお心に触れていただければと願っています。


tree_woods_00049-12.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

宗教団体も組織ができてしまいますと、

「自分の教団の教えだけが正しい」と考え、

排他独善になる傾向も見受けられます。

ところで、私は仏教徒であり、

私どもの教団では『法華経』を所依の経典にしており、

「さまざまな仏さまが因縁によって

菩薩さまの名前で出現してくるが、

そのもとをたどれば

究極(本仏)は同じである」との立場をとっています。

こう考えますと、

神道ともキリスト教とも協力し合うことは可能なわけです。

このことは、

私が、昭和四十年にキリスト教の総本山ともいうべき

バチカンの公会議にご招待を受けたときの、

ローマ教皇

パウロ六世猊下の言葉でもはっきりわかります。

猊下は

「今後、宗教者同士が協力し合い平和に貢献すること以外、

宗教者の進むべき道はない」と

話されたのであります。                
                                       
 (S52・9・佼成新聞より)



私はパウロ六世にお会いするまでは、

カトリックはけしからん、と悪口を言って歩いたのです。

なぜかといいますと、カトリックは二千年もの伝統をもち、

世界宗教として

絶大な影響力を世界の人びとに対してもっているのに、

その大宗教が、

他宗教に対してひじょうに排他的な

態度をとっているとしか見えない。

愛と平和を説く宗教が、

他の宗教に対して排他独善の態度をとっている限り、

宗教は人類の平和のために

何の役割も果たすことができない。

宗教の根本義は一つであり、

神も仏も、

生きとし生けるものの平安を願うことしかないはずだ。

世界の平和を実現していくには、

どうしても

世界の宗教者が協力していかなければならない。

そのためには、

世界の宗教界に最も大きな影響力をもつ

ローマ教皇が、

まず世界の宗教者と手をにぎろうという

姿勢になってもらわなければならない - 

そう痛切に感じていたのです。

その私の願いを全国を回って話して歩いたのです。

(中略)

カトリックは世界中に布教網が行き渡っていますから、

どこの国には、

どんな宗教団体があって、どんな活動をしているか、

というような世界各地の宗教の

動きをことごとくキャッチしているのですから

(中略)

私のことをご存じないはずがなかったわけです。

それを万事ご承知で、

パウロ六世が

私を百年に一度開かれるバチカン公会議に

招待してくださったのです。

私のほうは、

そんなこととまったく知らずにバチカンに行ったのですが、

向こうでそれがわかって、

「さすがカトリックの教皇さまだ、

とえらく感心させられたのです。」

そこで、

教皇さまにお目にかかってお話をうかがってみると、

教皇さまが、こうおっしゃられたのです。

「キリスト教だけで

人類を救おうなんておこがましい考えをもっていたのでは、

世界平和実現の使命は果たせるものではありせん。

キリスト教徒が

仏教徒のために祈り、

仏教徒がキリスト教徒のために祈るという

宗教協力によってのみ、

宗教者が人類に貢献していく道が開かれるのです」

その謙虚なお言葉をお聞きして、

「これは素晴らしい宗教者だ、

さすが二千年の歴史をもつカトリックの教皇さまだ」、

と私は心の底から敬服させられたのです。

二千年来、代々の生き神さまと奉られ、

異教の存在すら認めなかった

カトリックの教皇が伝統の殻を打ち破って、

キリスト教徒と

仏教徒が手を携え合う宗教協力によって

世界の人びとに

平和を呼びかけていかなくてはならない、

それ以外に宗教者が人類に貢献できる道はない、

と慨悔をされたのですから、

これは勇気のいることです。

その教皇さまのお言葉を聞いたとき

私は、「こういうかたがいらっしゃるなら、

世界宗教者平和会議は成功間違いない」と

絶対の確信をもったのです。              

 (S53・3・月刊誌 躍進より)


バチカン公会議から帰ってみますと、

すでに日本では

カトリックとプロテスタントのかたがたが、

すっかり仲よくなっておりました。

これからは一緒にやっていこう、

という空気がみなぎっていました。

私はそれをみまして、

リーダーが頭を切り替えることが、

いかに大事なことか、

リーダーの責任の重大さを思いました。

パウロ六世も、

そのことをだれよりも深く感じ、

まずみずから俄悔して、

人びとに本当に幸せになってもらうためには、

神さまのご守護のいただけるような

状態にならなければならないとお悟りになり、

宗教協力を訴えられたのであろう、

と私は拝察申し上げているわけであります。

いわば生き神さまとして、

二千年の伝統をもつローマ教皇が、

みずから一介の人間になって俄悔をされ、

われわ凡夫の人間同士が

仲よくならなければ、世の中が良くならない、

それができなければ、

宗教者になった意味がないのだ、

と立ち上がられたのであります。

私が自信をもって

明るい社会づくり運動を提唱いたしましたのは、

この教皇の影響があったからこそです。 


              (S52・8・速記録より)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※私は、2~3回読んだ事は読んだとは見なしません。

それは、読んだのではなく見たのだと認識していますので、

くり返し、くり返し読んでいく事により、

今まで気が付かない事に

気が付く事がありますので、

必ず実行してみてください。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬法話選集より、② 明るい社会づくり運動への決意を知ろう! [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬氏の著書であります、庭野日敬法話選集を拝読させていただきました。 何冊かある中で今回も法話選集6を手に取りました。 その内容は、国連軍縮特別総会に出席する事になる経緯から、世界宗教者平和会議に至る経緯や、その為の庭野日敬氏の理念・平和への実践、等がとてもわかりやすく書かれています。 初心者の方でも、よく理解出来るように丁寧に書かれています。 その中に、何か所も明るい社会づくり運動の活動の在り方に付いても触れています。 私が気になった個所をこれから順次、ご紹介いたします。 IMG_20191208.jpg :::::::::::::::::::::::::::: 庭野日敬法話選集 6 世界平和-理念と行動 P219 明るい社会づくり運動への決意 伝教大師の「山家学生式」(さんげがくしょうしき)に 「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」という言葉がありますが、 明るい社会づくりへの道も、せめて、ほんの片隅でもいい、 自分の力で照らしていこうとする心がけから、始まると思うのです。 世の中のひとりびとりが、そういう明るい人間になることが、 そのまま明るい社会をつくることになります。 したがって、そのひとりびとりをお導きして、 徹底した信仰を持ってもらうようにすることが、 この社会をほんとうに明るくすることになります。 2b09c7936cd06cc8b6841fb3fbda88e1.jpg しかし、今の人間はみんな欲はかりが深いから、 中には明るい社会づくりという名を借りて、 何かうまいことをする足がかりにしようとして 入ってくる人もいることでしょう。 こういう人達がいること事態、世の中を暗くしているのですが、 それでも、知らん顔して仲間に入れて、 一緒にやっていくことが必要なのです。 そこで、立正佼成会は 明るい社会づくりにどういう心がまえで臨んでいるかを、 みんなに見せていかなくてはなりません。 6cd83939c4182ed748f0ebec19031792.jpg 信仰心をいつも皆さんの前に公開しているんだ、 という気持ちに私達がなりきれば、 うまいことをしようなどと間違った考えを持って入ってきた人も、 信仰者はさすがに違う、経済的な問題などには目もくれずに、 ほんとうに、この世の中をよくすることを 真剣になって考えているんだなあ、と気がつくでしょう。 ですから私達は、 宗教者の意気地というものを信仰心のない人達に見せてやろう、 というくらいの心構えを持つべきだと思うのです。 昭和47年12月求道-特集号 :::::::::::::::::::::::::: IMG_20180425_115529.jpg いかがだったでしょうか。 貴方のお考えや、貴方の意向とはどの程度の違いがありましたか。 私は、庭野日敬氏はご自身の思いや願いを、 誰にでもわかりやすい言葉を使って端的にお話下さっていると思っています。 これ以上の言葉はないのではないでしょうか。 後は、残されて私たちが、 どのように受け継いでいくのかに掛かっています。 庭野日敬氏の、 思いや願いを受け継いでいく事がとても大事になります。 明るい社会づくり運動を提唱した、庭野日敬師の心情を思うと・・・・・・。 私は、これからの明るい社会づくり運動には、 このような視点や感性を持ち合わせる リダーが必要不可欠だと思っています。 私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」 ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆ 庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ               http://www.meisha.me/ ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆ 私が2010年より行っている非営利の活動        マインドフルメイト:https://mindfulmate.jp/           ブログ   : http://mindfulmate.seesaa.net/
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庭野日敬氏の提唱した明るい社会づくり運動はなぜ必要なのか ! [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の著書の

「仏教のいのち 法華経」を久しぶりに、

拝読させていただきました。

庭野日敬師の著作物は、

凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、

お話して下さっている事に、

いつもながら敬服しながら読ませていただいています。


IMG_20180425_115634.jpg


今回は、以下の箇所が

特に眼にとまりましたのでご紹介させていただきます。


特に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、

明るい社会づくり運動にとっては、

とても大切な事を述べていると思います。


あなたの心には、

どのように響くでしょうか。

その響きを感じて見てください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人は社会とつながっている


ところで、個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、

外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。

理屈は抜きにして、

あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、

身近な世界の問題として考えてごらんなさい。


あなたの両親や兄弟姉妹の心の暖かさ・冷たさが、

あなたにとっては全く無関係な事がらですか。

あなたの上司・同僚・友人などの心の美しさ・醜さが、

あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。

もちろん、答はノーでありましょう。


今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、

あなたは、いつもはあまり意識していなかった

(身近の人たちの心のあり方と、

自分自身の人生とのつながり)を、

ハッキリ意識されたこととおもいます。


それならば、そういった意識を、

もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。

たとえば、

あなたの家の隣近所の人たちの気だて、

あなたが買物をする店の主人や店員の精神、

あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、

そういったものが、

あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。


もっと大きくいえば、

地方目治体の役人・議員や、

国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、

国会議員などの魂のありようが、

あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。


さらに考えを広げれば、

会ったこともない他国の人びと、

たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、ドゴールという人たちの

精神の方向が、あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。

答えは、自明のことでしょう。


この世に生きとし生けるものは、

どこかで必ずつながりをもっているのです。

ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、

ひとつもありません。


この道理を仏法では〈諸法無我〉というのですが、

とにかくこの道理に目ざめてみれば、

自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、

ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、

はっきりわかってくるはずです。


早い話が、

あなたが今の瞬間においては

幸福感を味わっていることができても、

さまざまな天災や人災は遠慮なく

空から、海から、川から讐てきますし、

一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。


犯罪者は、いつ、どこであなたの

生命・財産をねらってくるかわかったものではありません。

最大の脅威は、核戦争です。万一これが始まれば、

あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。

そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、

ほんとうに幸福になるためには、

どうしても社会全体・世界全体を変えなければならないのです。


それも、政治のやり方や社会の体制をどう変えてみたところで、

その効果はほんの表面的なことにすぎず、

人間の心を根本から改めないかぎり、

ほんとうの救いに達することはできません。


たとえば、

老人保護施設の完備している

欧米諸国の老人が必ずしも幸福ではなく、

どちらかといえば家族の庇護に任せられている

日本の老人のほうが幸福である事実が、

その片りんを物語っているのです。



仏教のいのち法華経(P46~49) より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は最近、自分自身が「生きている」と言った実感よりも、

どなたかに、

「行かされている」と言った実感が強くなっています。

「日々 新たに」

お互い様に、

様々なご苦労があると思いますが

精進・努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。

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明るい社会づくり運動の末端の会員の声を反映する事が大事 [インタネット講座「拓塾」]

私は、佐藤秀裕氏の生前に講演会などに同行をさせていただき、全国各地域にいる、明るい社会づくり運動のメンバーの方々と触れ合う機会をいただきました。

その時に、佐藤秀裕氏はご自身の考えを述べると共に、地域でご苦労されている方々の、生の声を良く聞いていた姿が、私の脳裏にはっきりと刻まれています。

頭ごなしに物事をおしつける訳でもなく、丁寧にその内容を伺っていました。

ここで、一緒に考えていただきたいのですが、「真剣に、明るい社会をつくろうとするときに、あなたならどうしますか。」

佐藤秀裕氏は、ご自身の著書で以下の事を述べていますが、現在でも、充分に対応出来る事だと考えています。

さて、あなたはどうするでしょうか ?


river_00027-1.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全国各地域の運動への要望は何であったか

私は、明るい社会づくり運動が本当の意味で新しい社会づくり運動になりきるには、その裏付け、バックボーンとなる新しい世界観、価値観を明確にしていかねばならないと考え続けている。

はたして明社運動の中に、そうしたものが確立されるのだろうか。

以上のような考えをもっていた私は、運動の資料パンフレット「明社推進ノート一号」の発刊を考えた。そして、まず運動の方向づけ、理念、組織化の方法、全国活動状況を紹介することの計画を立て準備をすすめた。本来なら、各地域に応じた具体案を準備すべきであったが、そこまでは、まだ踏み込んでやることは不可能であった。そこでまず段どりとして、各地区からの要望、意見を聞くことからはじめた。

全国から寄せられた要望、意見をとりまとめて、一括してみたら次の内容に整理された。

一、地区の実践的記録の要望
二、模範的活動事例の紹介を
三、運動推進の具体的方法、手段を示せ
四、他団体との協力・協調の状態は?
五、全国共通の運動理念、目標方針を具体的に示せ
六、全国組織(仮称)の結成準備を
七、他県明社との交換、全国一斉統一大会、統一運動の展開を

以上のような意見、提言にまとめられた。

そしてこれらの要望を踏まえて、全国各地域へ次のような返事をかえした。

「当事務局ではこれらの課題に応えていくため、可能な限りの準備を進めている。しかし、明社運動はあくまで各県各地域の特性に即して活動が進められているため、現場で苦心されている方々の意見を中心に案を練っていくことが基本になると思われる。
従って「明社推進ノート一号」は、全国の明社メンバーの総意と英知の結集となるような編集で進めている。」と、以上のことを同報告書にのべている。

なぜ今、この事をとりあげたかというと、ややもすると組織運動は「活動の先端で苦心されている方々の意見」が、組織を直接運営する立場にある人たちだけの意見はなれあいになっていきやすい。

次第に現場の意見、要望に直接応えていくことから離れる傾向と、なりがちとなるからである。それがマンネリ化、運動の停滞、サロン化の原因となっていくのである。

運動主旨の徹底化をはかる

組織を活性化させていくためには、組織を直接運営する立場の人は、基本姿勢を、自らの名誉、保身、利害関係におくのではなく、現場で苦心している人に眼と姿勢を向けて、そこに判断、決断の基準をおかなければならないことは言うまでもないが、この基本的なことが当事者にとっては難しいことなのだろうか。
(組織の問題は、後の章でくわしく触れることにしたい。)

さて、地域現場の要望に多少なりとも応えられるよう「明杜推進ノート一号」は、次の様な編集、内容方針を立てた。

一、世界情勢と日本の動き
二、日本の現状からみた、明杜運動の意義と目的
三、明社運動の理念
四、全国各地区活動状況
五、運動の方向と方針
六、運動の将来への展望   以上の内容であった。

世界状況の中から、運動の必然性、方向性を定めていこうという方針は、未だ抽象的であったが、この時からすでに立てられ、運行する方向づけができていたのである。

明るい社会づくり運動 行動と理念 
日本を支える大きな蜒りに  (p18~20) 
初版 昭和61年6月1日
著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私のブログを見たり、ホームページを見ているだけでは何も変わりません。

あなたは、何が出来ませんか。また、何が出来ますか

是非、小さな事でもかまいませんので、
    あなたに出来るアクションプランを考えて下さい。
  

「日々 新たに」
お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
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庭野日敬氏の提唱した世界宗教者平和会議と明るい社会づくり運動(2) [インタネット講座「拓塾」]

「明るい社会づくり運動と世界宗教者会議は、車の両輪ですよ。」

この言葉を、私に事あるごとに繰り返し言って下さったのは、

元・世界宗教者平和会議(WCRP)の初代事務局長をなさった大島浩之氏(故人)でした。


大島浩之氏(故人)は、

庭野日敬師がカトリック第2バチカン公会議に招待され、

教皇パウロ六世に謁見したときの感動から、世界のすべての宗教を網羅し、

全宗教者が平和のテーブルに着く世界会議の開催を願って奔走し、

世界宗教者平和会議(WCRP)を軌道に乗せる時の事務局長をなさり、

後に、明るい社会づくり運動事務局長をなさり、

皇太子殿下並びに妃殿下(第六回明るい社会づくり運動全国大会)、

常盤宮殿下並びに妃殿下(第七回明るい社会づくり運動全国大会)など、

明るい社会づくり運動に皇室をお迎えするなどの尽力を尽くし、

庭野日敬師の心情をよくご存じの方の一人でした。


river_00027-1.jpg


庭野日敬師は
大島浩之氏(故人)との対談でも、以下の事を述べています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

庭野日敬師-

 今から約三十年前というと、

日本人がエコノミックアニマルと書われ始めたころじゃなかったかな。

経済発展ばかり考えて宗教や倫理を無視する人たちというので、

ある外国の政治家がそのように呼んだと聞いています。

外国へ行きますと、

日本のことを「背骨のない巨人」とか、いろいろな呼び方をしている。

だからWCRP(世界宗教者平和会議)の

基礎固めに走り回っているうちに、

これは足元の日本もしっかりしなければ-というのが、

そもそもの動機といえるかもしれません。

加えて日本人は、宗教を堅苦しいものと感じているんです。

ただ、宗教には参加しにくいが、

明るい社会づくりなら気楽に参加できるというところがある。

つまり、すべての国民がそれぞれの信念や信仰の本義に目覚め、

それに基づく生き方で思いやりのこもった

心豊かな社会をつくっていくのが究極の願いです。

そこに行く道として明社運動が始まったわけです。

例えば、県知事なら、

明るく住みよい県をつくりたいという理想がある。

それと同様に、私たち宗教者もお互いに手をとり合い、

幸せな社会にしたいと願っている。

明るい社会をつくろうとする信念は一緒なんですね。

ですから志ある人なら、気楽に参加できるわけです。

明社運動を始めたころはね、

「庭野は、何を言っているんだ」と言われたものです。

でも、実際やってみると、

知事さんや市長さんが

喜んで明るい社会づくりに参加、協力してくださる。

教育者や福祉関係の皆さんも参加してくださる。

徐々に地域レベルへと活動が進み、

今日まで皆さんが手をつないでやってこられたわけです。  

 佼成新聞(1994年10月7日号に掲載記事より)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

以上の事を考える時に,

「明るい社会づくり運動と世界宗教者会議は、車の両輪ですよ。」と、

おしゃっている事が太変よく理解出来ます。


しかし、現実はどうでしょうか。

私は「片手落ちではないだろうか。」と考えています。


世界宗教者平和会議(WCRP)と、

明るい社会づくり運動の起因とを再確認し、

バランスの取れた活動にして行く事が、

庭野日敬師の願いにお応えする事ではないでしょうか。


お互い様に、

様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」



☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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庭野日敬師のごあいさつ(明るい社会づくり運動 第十回総会にて) [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師は、平成元年4月26日に開催されました、

明るい社会づくり運動 全国協議会の第十回総会のごあいさつで、

以下のお話をされています。


今回は、私の余計な注釈はなしで、

このブログをご覧いただいている皆様と一緒に、

庭野日敬師のごあいさつの内容を噛みしめて見たいと思います。


よろしくお願い致します。


IMG_20180326_090202.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

明るい社会づくり運動 全国協議会の第十回総会


本日は明るい社会づくり運動の十回目の総会がこうして開かれましたが、

私は、あちこち飛んで歩いておりまして提唱したということだけで、

何のお役も、お手伝いもできないでおりました。


しかし、本日伺ってみまして、

井探先生を会長さんにいただいて、

非常に充実した、

素晴らしい明るい社会づくり運動が全国的に進められていることを知り、

ご参集の皆さまはじめ、

全国で活躍してくださっている方々に

本当に心から厚く御礼を申し上げる次第でございます。


人材をつくるためには、

期間をかまわず、

永遠の努力をしなければならないことだと思います。

こういう人材をつくるということになりますと、

どなたか熱心な方がやってくださるというようなことにならないと、

なかなかできないことだと思います。

これからも皆さまのお力で、

どうか、その方の積み重ねをお願い申し上げたいと思います。


最近になって私は比叡山にまいりました。

日本の仏教の母山といわれる比叡山を興しました

伝教大師さまのおそばにいらっしゃる

お座主さま(山田恵諦猊下)が、

始終なにかの際に引用されます言葉に、

「忘己利他」「自分を忘れて他に利益を与える」というお言葉があります。

私どもが他に利益を与、えるということは、

自分を忘れなければできないことだと思います。


そういうご緑でお座主さまの説法を聞いていますと、

本当にいきいきとした感じがいたしまして、

いつも素晴らしいお座主さまの人格に触れたことによって

自分の心がさわやかになる、やすらぎを得る、

そういう感じがいたします。

そのようなことで先般私どもの平和賞(第六回庭野平和賞)を、

お座主さまに受けていただくということが、

ようやく実現したわけでございます。


ところでお座主さまは、

伝教大師の「悪いことは永く続かないものである。

良いことは永くつづくものである」というお考え方を

ずっともっておられる。

伝教大師さまが比叡山を開創されましてから一昨年で

一二〇〇年になりました。

一二〇〇年の間永遠のともしぴ(不滅の法燈)の火が

消えないでずっと続いているわけです。

この永遠のともしびが永く続いていること自体が

素晴らしいことなのです。


これがもし世界宗教者平和会議のような所でつながるならば、

という願いをもっていましたところ、

ローマ法王さまが昭和六十一年十月、

アッシジにおいて世界の宗教者の方々と共に、

世界平和の祈りをしようということを呼びかけられました。

その時にはお座主さまは、

アッシジまで九十二歳のお年で参加されました。

その翌年には、比叡山での宗教サミットを主宰され、

また本年は、比叡山サミットの精神を

今度はWCRPの第五回目オーストラリアでの会議(メルボルン)に

持っていくということになりました。

ところで具体的に「火」をもっていくのは大変困難をことで、

どのようにして持っていかれたかと伺いますと、

「比叡山のともしびをカイロ灰にうつし、

それをそっと肌身離さず持っていってくださった」ということでした。

そして、むこうにまいりますとペンマン大司教(聖公会)さまが、

今度の開催国の共同議長として

オーストラリアの宗教者をまとめていただいたわけですが、

この方が、持ってまいりましたともしびを

「永遠に私どもが守ります」ということで、

奥さまと二人で引き受けてくださったわけでございます。

そういうことで私共も、長く続けていくということは大変なことだと、

つくづく思わせていただいたところでございます。


私共の信奉している法華経でありますが、

法華経の一番有り難いところは何処かといえば、

十六番の如来寿量品という所で「如来の寿命は永遠である」と

説かれているところであります。

そこで、永遠の生命の尊さと同じような意味において、

天台宗のお座主さまがその象徴であるともしぴを、

そのまま自分で持ってオーストラリアまで行って、

メルボルンで大司教さまにお渡しし、

その真心をたんたんとお話しをくださっているうちに、

大司教さまご夫妻が

「これは永久に私どもが自分の生命をかけてお守りさせてもらいます」 

こう受けていただいたということで、

お座主さまのお気持ちは、

具体的に世界の場に伝わって行ったわけでございます。


そのように、いいことを続けるためには、

私達の考えを継いでいってくれる

次の世代の方をつくらなければ続かないわけであります。

そういう意味におきまして、まず自己をつくり、

そこで明るい社会づくり運動の精神を自分もそれを行じ、

そしてまた次の者にその精神を伝える。

そういう考えが広まるということは、

大変素晴らしいことであると思うのであります。

そういう点でも、今日まで各都遺府県の会長さん方が

このように揃って運動を実施していただいている。

こういうことは非常に素晴らしいことだと思うのであります。


私は今年また、

日宗達(日本宗教連盟)の理事長を仰せつかっているのでありますが、

一九六九年にもちょうど私が当番でありましたので、

その時「私は今度日宗達の理事長という使い走り役をおおせつかりまして、

来年度は世界宗教者の平和会議を日本の京都で行なうことになりました。

これにご協力をお願いしたい」ということで、

まず高野山に行きますと、過去に何かありますとき、

宗派などが違いますと多少びったりしない所があって、

どなたに会っても、

なかなか容易でないことが多かったわけでありますが 

高野山の方が「君の所は新しいだけに、

君が会長で始めた時から他宗教を別物と考えない。

全く偏見がなくやっていることは私も認めている。

君がやるのがどなたがやるよりも皆さんが協力しやすいのではないか。

うちだけは心配なしだよ。力いっぱい後押しするから、

真剣にやってください」と励ましてくださいました。


次に、翌日比叡山に行きますと 

「この山は汚れのない山だ。

日本のお祖師さまはこの山から生まれたのだ。

私たちも伝教大師さまの精神を貫いてずっと来ている。

世界平和のためにやるならば、

協力するから全山を世界平和のために自由に使ってください」という

お言葉をいただきまして、

むしろ私どもが今まで新しい宗教、古い宗教などというような

こだわりを持っていたのではないか、

古くから長年つながっている方々は、

非常に尊い人格を持っていらっしゃって、

私どものそういう考え方は無い、

と知って比叡山に行ってよけい安心をいたしました。


三日目には伊勢神宮にまいりました。

そして前の徳川宗敬大宮司さまの所に行きましたら

「ほうぼうのお寺さんもそういうことをやるならば、

伊勢神宮もそのことに賛成します。そのかわり来年に遷宮式があります。

次の遷宮式にあなたも参列してください」と、

こういうお言葉をいただいたわけです。

ということで三五〇人ほどの神職さんと一緒に、

遷宮式のご神体の車のすぐ後の所に私の立つ場所がありまして、

行列に従ってその遷宮式に参列しました。


私はなぜか不思議な因縁だなと思いますのは、

一昨年の比叡山がちょうど開創一二〇〇年ということです。

そして十五~十六年前になりますが

、伊勢神宮の遷宮式が六〇回日ということは、

一二〇〇年目の遷宮式にはからずも、

私は大宮司さまから参列してくださいといわれまして、

お仲間に入れていただいた。

そういうようなことで一二〇〇年という年の巡り合わせが、

仏教の伝わる所からも来たり、

それより前にすでに

神道の方の一二〇〇年目の遷宮式にお仲間にさせていただいたり、

そういうようなことを通して、

神さま仏さまが

正しいことは永く持続させなければいけないのだということを、

逆に教えてくださっているような気がするのであります。


私どもの日本の神道「八百万の神」ということは、

あらゆる所、形のある所にはみな神様が宿ってなさる。

仏教で言うと、これは仏性であるといわれますが、みんな弘子なんだ。

仏心はみんなもっているのだ。

仏さまの方からしては「仏の子だ。仏の子だ」と言おうとして、

法華経ではそれを明らかにしている。

そういう意味で「仏さまの子だ」とおっしゃっているのに、

われわれは凡夫だといって、

欲を捨てないで、いろいろの面倒を自分で作っている。

欲を捨てて忘己利他で自分を忘れて、

人さまのために益を与えるようにしようという、

こういう考えになれば、伝教大師さまと同じようになれる。

それは八百万の神を祀るという神道の精神であると私は思っている。

神さま仏さまというのは目に見えないけれども

「いつでも仏さまは、おまえの側にいるよ。

おまえには見えないけれども、神さまはいつでも側にいる」と

おっしゃっているわけです。


そういう意味で神さま仏さまを

いつも心の中に描いて明るい社会づくり運動をすれば

神仏のご加護によってうまくいくのではなかろうか。

そしていろいろな形で人格的にも、哲学的にも、

心の中に一つの宗教を持って世の中を明るくする、

永遠の生命の尊さと世界の平和を願うというようなことも、

同じょうなことではないかと、

そんなふうに考えさせていただいたわけでございます。


このように私は今日一〇回目の総会に伺いまして、

これだけの素晴らしい方が全国からお集まりいただいておりますが、

皆さま方のご協力またご精進に心から厚く御礼を申し上げます。


そして私の今考えている心境を

正直に皆さんの前に披歴をさせていただきました。

自分では宗教協力ということを言葉に出していながら、

ややもすると心の中にこだわりがあるのでございます。

世界宗教者平和会議というものを通じて宗教団体を訪問してみますと、

偏見のない日本の偉大なる指導者の方々がいらっしゃる。

この幸せを感じて、

およばずながら一生懸命やらせていただいておるわけでございます。


五年に一度の当番で、

今年は四回目の理事長(日宗達)をやらせていただくということに

なっているわけでございます。

どうか皆さま方のご支援をいただいて、

私も努める場所を間違いなく努めさせていただくよう、

ご支援のほどを重ねてお願い申し上げまして、

今日のご挨拶に代えさせていただきます。


(要旨:平成元年4月26日)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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庭野日敬師が提唱した明るい社会づくり運動がなぜ必要なのか。 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の著書を何度か、拝読させていただいています。

その度、庭野日敬師の著作物は、凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、お話して下さっている事に、いつもながら敬服しながら読ませていただいています。

今回は、「仏教のいのち 法華経」を拝読させていただき、以下の箇所が特に眼にとまりましたのでご紹介させていただきます。

特に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、明るい社会づくり運動にとっては、とても大切な事を述べていると思います。

あなたの心には、どのように響くでしょうか。

その響きを感じて見てください。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人は社会とつながっている


ところで、個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。

理屈は抜きにして、あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、身近な世界の問題として考えてごらんなさい。

あなたの両親や兄弟姉妹の心の暖かさ・冷たさが、あなたにとっては全く無関係な事がらですか。

あなたの上司・同僚・友人などの、心の美しさ・醜さが、あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。


もちろん、答はノーでありましょう。


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今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、あなたは、いつもはあまり意識していなかった、身近の人たちの心のあり方と、自分自身の人生とのつながりを、ハッキリ意識されたこととおもいます。

それならば、そういった意識を、もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。

たとえば、あなたの家の隣近所の人たちの気だて、あなたが買物をする店の主人や店員の精神、あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、そういったものが、あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。

もっと大きくいえば、地方目治体の役人・議員や、国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、国会議員などの魂のありようが、あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。

さらに考えを広げれば、会ったこともない他国の人びと、たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、ドゴールという人たちの精神の方向が、あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。

答えは、自明のことでしょう。

この世に生きとし生けるものは、どこかで必ずつながりをもっているのです。

ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、

ひとつもありません。


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この道理を、仏法では〈諸法無我〉というのですが、とにかくこの道理に目ざめてみれば、自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、はっきりわかってくるはずです。

 早い話が、あなたが今の瞬間においては幸福感を味わっていることができても、さまざまな天災や人災は遠慮なく空から、海から、川から讐てきますし、一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。

犯罪者は、いつ、どこであなたの生命・財産をねらってくるかわかったものではありません。


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最大の脅威は、核戦争です。

万一これが始まれば、あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。


そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、ほんとうに幸福になるためには、どうしても社会全体・世界全体を変えなければならないのです。

それも、政治のやり方や社会の体制をどう変えてみたところで、その効果はほんの表面的なことにすぎず、人間の心を根本から改めないかぎり、ほんとうの救いに達することはできません。


たとえば、老人保護施設の完備している欧米諸国の老人が必ずしも幸福ではなく、どちらかといえば家族の庇護に任せられている日本の老人のほうが幸福である事実が、その片りんを物語っているのです。

仏教のいのち法華経(P46~49) より

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いかがでしたか。


歳月の経過と共に、庭野日敬氏の思いや願いが軽んじられる、現在の明るい社会づくり運動ですが、私は、とても大切な事だと受け止めています。


あなたは、どのようにお感じになりましたか。


「日々 新たに」

お互い様に、様々なご苦労があると思いますが、精進・努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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庭野日敬師が提唱された明るい社会づくり運動の取り組みとは、 [インタネット講座「拓塾」]

私は、庭野日敬師が

明るい社会づくり運動を提唱され、

多くの人達の支持いただき,

今日までその活動がくり返し継続されている事は、

日本の歴史の流れの中でどのような意味を持つのか、

持たないのかを、

検証する事はとても大切な事だと常々考えています。


そこで今回は、

元明るい社会づくり運動全国拓塾長でありました、

佐藤秀裕氏の著書の中に、

とても大切な事を述べている文面がありましたのでご紹介致します。



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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「個人」と「全体」の関係 - 理論的課題の克服


仏教学者の見解によると、

現在、仏教は信仰として日本に定着しているが、

これからの仏教の課題として、

仏教と社会・国家の在り方は、

どう説明されていかねばならないのか、

哲学的検証が必要だと云われている。



「個人救済」の教えと言われる仏教が、

社会とか「全体の救済」の理論として展開されていけるか、

このような理論的課題が残されている事は、

また多いなる楽しみもある。


この頃、私は明るい社会づくり運動は、

立正成佼会にとっても大きな役割と使命があることを強調していた。


大教団である立正佼成会は、

すでに社会的に無視できない存在となり、

同時に同会の社会的責任も大きくなってきている。


社会的矛盾や苦悩が

個人や家庭に及ぼす時代になっており、

同会の活動もこれまでのように貪、病、争、

といわれる個人・家庭の苦悩に応えていく、

いわゆる「個人苦」の対応から

「社会苦」に対処できる目を拡げていかねばならなくなっている。


これからは、

個人だけでなく

個人の集合からなる

社会という「全体」に対応することが要請される。


従って、社会の動向に対しでき得る限り、

あらゆる角度からの厳密な検討を加え、

社会の諸現象の本質を把握していく努力が必要となる。


明るい社会づくり運動を通して、

あらゆる立場、関係者の人間性にふれ、

共通の意識で共同のテーマに取り組んでいく行動に、

社会人の一人として託された責務があろう。

新しい社会建設に向けて、

明るい社会づくり運動の推進力となっていくことが、

これから特に宗教を奉ずる人の姿勢ではなかろうかと。


「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに より 
               初版 昭和61年6月1日 (p29~30)
               著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

佐藤秀裕氏は当時の時代背景を含め、

この明るい社会づくり運動の

大きなターニングポイントを的確にとらえていると思います。


以前に記載させていただきますが、

庭野日敬師の明るい社会づくりに対する

お考えなどをかみ合わせると、

とても意義深く大切な内容のお話です。


私は、これからの明るい社会づくり運動には、

このような視点や

感性を持ち合わせるリダーが

必要不可欠だと思っています。


私の来年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」


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庭野日敬師の本当の願いと思いとは、 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の著作物は、凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、お話して下さっている事に、いつもながら敬服しながら読ませていただいています。


今回は、私が特に眼にとまりましたの著作物の中から、ご紹介させていただきます。


特別に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、とても大切な事を述べていると思います。


あなたの心には、どのように響くでしょうか。


その響きを感じて見てください。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人は社会とつながっている


ところで、
個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、
外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。

理屈は抜きにして、
あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、
身近な世界の問題として考えてごらんなさい。

あなたの両親や兄弟姉妹の、
心の暖かさ・冷たさが、あなたにとっては全く無関係な事がらですか。
あなたの上司・同僚・友人などの心の美しさ・醜さが、
あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。

もちろん、答はノーでありましょう。

今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、
あなたは、いつもはあまり意識していなかった
(身近の人たちの心のあり方と、自分自身の人生とのつながり)を、
ハッキリ意識されたこととおもいます。

それならば、そういった意識を、
もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。
たとえば、あなたの家の隣近所の人たちの気だて、
あなたが買物をする店の主人や店員の精神、
あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、
そういったものが、
あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。

もっと大きくいえば、
地方目治体の役人・議員や、国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、
国会議員などの魂のありようが、
あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。

さらに考えを広げれば、
会ったこともない他国の人びと、
たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、
ドゴールという人たちの精神の方向が、
あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。
答えは、自明のことでしょう。

この世に生きとし生けるものは、
どこかで必ずつながりをもっているのです。
ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、
ひとつもありません。

この道理を、
仏法では〈諸法無我〉というのですが、
とにかくこの道理に目ざめてみれば、
自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、
ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、
はっきりわかってくるはずです。

早い話が、
あなたが今の瞬間においては
幸福感を味わっていることができても、
さまざまな天災や人災は遠慮なく空から、
海から、川から讐てきますし、
一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。

犯罪者は、
いつ、どこであなたの生命・財産を
ねらってくるかわかったものではありません。
最大の脅威は、核戦争です。
万一これが始まれば、
あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。

そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、
ほんとうに幸福になるためには、
どうしても社会全体・世界全体を
変えなければならないのです。

それも、政治のやり方や
社会の体制をどう変えてみたところで、
その効果はほんの表面的なことにすぎず、
人間の心を根本から改めないかぎり、
ほんとうの救いに達することはできません。

たとえば、老人保護施設の完備している
欧米諸国の老人が必ずしも幸福ではなく、
どちらかといえば家族の庇護に任せられている
日本の老人のほうが幸福である事実が、
その片りんを物語っているのです。


仏教のいのち法華経(P46~49) より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いかがだったでしょうか。

あなたの心には、どのように響いたでしょうか。


私は、そのような意味でも
庭野日敬氏の提唱しました明るい社会づくり運動が、
果たすべき役割が大きいと考えています。


「日々 新たに」
お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・
努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、
「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
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庭野日敬氏の提唱した明るい社会づくり運動の原点を探る [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬氏が
明るい社会づくり運動を提唱してから半世紀以上が経過しました。

その間に、何度かの大きな節目を向かえながら現在の活動のあり方に至っています。その間に、様々な方々のご協力やお力添えいただい来ましたお陰様で今日があるように思います。

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さて、世間の世の中の流れに目を転じますと、現在は「第五次産業革命」の時と言われていまして、世の中が今まで以上に目まぐるしく変化を繰り返して来ました。また、今後もさらに大きな変化を繰り返して行く時代の真っただ中に私たちは生活をしています。時には数年前の出来事は風化され忘れされてしまう事も多い時でもあります。

しかし、その時代の変化と共に
私たちの心のありようはどんなんでしょうか。

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最近の新聞やインターネット上で語られている出来事は、庭野日敬氏が明るい社会づくり運動を提唱した時より、世の中の心のありようはさらに荒廃しているように映っています。

また、明るい社会づくり運動の
活動状況はますます衰退の一途をたどっています。


それは、自分自身の問題として捉える方が非常に少なく、他人事と捉えている方が多い現実が一因しているようです。

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例えば、庭野日敬氏は法華経を基盤として明るい社会づくり運動を提唱していますので、法華経の研鑽を重ねていますと、その事がとてもよく理解する事が可能になります。しかし、その法華経の研鑽がルーズになって来ますと庭野日敬氏の提唱した思いや願い等の理解が難しくなって来ますので、己の利益や利害関係が中心になって来ます。すると、その方向性が次第にゆがめられてします現実が、過去の宗教の流れを見ると客観的に理解出来ます。

まさに、現在の明るい社会づくり運動の
姿を反映しているように私には映ります。


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今回は、そんな現在の明るい社会づくり運動のありようを点検する意味で、庭野日敬氏が明るい社会づくり運動を提唱した真意を探って見たいと思います。

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参考文献:明るい社会づくり運動 “行動と理論” 
      日本を支える大きなうねりに 佐藤秀裕著ヨリ
       著者:佐藤秀裕氏:長崎県出身。
          元 明るい社会づくり運動全国協議会 拓塾々長 

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7.運動提唱の真意(P54~57)

運動提唱意図の真意は何であったか

第一回世話人会を開く前日、昭和五二年一月二四日、初めて本運動の提唱者・庭野日敬氏と世話人との懇談会がもたれた。

この会談を開催するに至った経由は、これまで数回重ねてきた中央連絡会議での主な質疑の一つに提唱団体である、全国二〇〇余の教会会員が熱心なあまりか、布教活動の一環にみえるらしい。会則・運動方針では、地域住民、国民運動と謳っておきながら、どういうわけかということである。

このことの真意を、
提唱者としての庭野日敬氏に直接伺ってみることになって、
前述の世話人との会談が催けられることになったのである。

この時の、庭野氏の発言で、私の記憶に鮮明に残っている内容の一部がある。これからの提唱団体の立場と、明社運動の関りと指針を示す根本となるもので、これが今日まで活字となって現れてないので、印象をできるだけ正確にに記しておきたいと思う。

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提唱者の基本的見解

庭野氏の発言の主な要旨は次の通りであった。

「明るい社会づくり運動の始まりの基本は宗教の協力にあった。自分の教団を拡大していくことも大事であり、そうなるのも当然だが、今の時代は、国民的問題として精神的荒廃、心が忘れられている。人間の精神、心を直接扱っているのは、宗教者である。まず宗教教団、宗教者が一致協力して、宗派を超えて、この問題に対処すべきと思っている。

その意味で私は一教団の会長というより
一宗教者としての責務として、この本運動を提唱した。

従って、私が提唱したからと言って、具体的な運動の理念・方法はこうあるべきだとか、こうすべきなどと私が口を入れるとかえって、この連動を鋳型にはめるようなことになり、本来的な市民、地域住民運動に育っていかないと思う。

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運動の具体的な理念、活動の方策については、その地域の方々の英知を結集して、本来的な検討、研鑽していくべきと思う。人間として、正しいあり方、生き方を原点にすれば、宗旨、宗派、主義主張を超えて、一緒になって共に働けるはずである。その意味を含めて、誰もが入りやすい共通の土俵として 『明るい社会づくり運動』という言葉で提唱した。」

大体以上の主旨のことを述べ、自分の教団拡大のための手段として、考えていないことなどを強調された。

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しかし、この時の話は、地域運動リーダーに対しての話であって、立正佼成会会員に対しては、庭野日敬氏は明社運動にとりくむ姿勢・運動の理念については、仏教観に基づく、運動理念、姿勢をきちんと指導しているのである。

ここで私共がよく誤解するところであるが、「明るい社会づくり通勤の提唱者は庭野先生で、当然運動理念も庭野先生から出ている。従って指導も庭野先生からでている。という認識が、一部の人に働くところにある。


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この考えが地域住民参加の国民運動をめざすのか、一教団の社会運動なのか、という問題を生む原因となってくる。この点が全国各地域の明社組織と提唱団体各教会との問にちょっとした見解のちがいから、誤解を抱いているところもある。
せっかく善意でやったことか運動理念についての混同と明社組織の混同かマイナスの形てあらわれることのないようにしたい。

庭野氏の真意は、提唱団体の立場は基本的に黒子役に徹する事を望んでいる。
(P66ページ参照)

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提唱者・庭野日敬氏、初の登場 (P66ページ)

提唱者である庭野日敬氏は、仏教で説く縁起観に立って、本連動の提唱の意義を次のように述べた。

庭野氏が運動の意義と提唱の主旨を公的な場で話すのは初めてのことであるので、主催者側の私共も大変、関心をもって傾聴した。要旨は次のことであった。

「明るい社会づくりは、お互いに持ちつ持たれつの関係で、
世のため人のために、という考えから始まった。これが出発点。

世の中の物質は有限であるという時代状況の中で、何の尺度を持って、将来を予測するかということが、我々の気にするところである。

仏教で説くところの「縁起説」は、自他一体という形でものを考えていく。人との出合い、触れ合いの中で関係が生ずる。「善因善果」「悪因悪果」という法則である。

人との関係を最も大事にしていけばうまくいく。従って、有限の時代においては、自分だけ、自国だけの立場を守っていくことは、法則からみれば、悪因をつくることになる。


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こういう意味で、お互いに善縁を結ぶために、自分のでき得るだけのことを、社会のために尽くす。そこに善果が生れる。ここに明社運動を提唱した所以があるわけである。大衆の中に宗教家が素っ裸になって、まず、お手本を示すことが大事と思う。

そして、世間の人に愛され、信じられる教団になっていくためにも、宗派を越えて、いろいろな宗教の万々にも協力を願っている。

今はもう、推進されている方々の英知が結集されて、いろんな角度からの具体的な方法が生まれているようである。
今後とも、皆様の結集された英知に離れないで、協力をお誓い申し上げたい。」以上の主旨のことを語った。


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「大衆の中に宗教家が素っ裸になって、まずお手本を示すことが大事と思う」というところは、なかなか一教団の会長としては言えないことではないか。「本連動が布教の一環ではないか」という、疑念を思わせる内容は一言もないことに注目しておきたい。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
庭野日敬氏の真の思いや願いは、どなたでも理解し・具現化出来るものだと思います。

但し、先程も述べたように法華経の研鑽度合いがその方・その団体・その組織の利害関係が作用した時にその足取りを重くしてしまうようです。

そんな意味でも日々の研鑽を重ねて行きたいと考えています。

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庭野日敬師の願いに叶った明るい社会づくり運動の活動とは!(1) [インタネット講座「拓塾」]

私達は、今後どのような活動を進めていくことが、

庭野日敬師の願いに叶った活動になっているのかを常々考えています。


それぞれの地域で、

すでに活動がなされていますので、

その事に関してとやかくは言うつもりはありません。

むしろ、基本的にはそれぞれの地域で、

様々な方々と一緒になって始めているボランティア活動は、

それぞれにとても尊い活動だと認識しています。

また、それらの活動の継続もとても大切な事だと思っています。


しかし、ここで一歩立ち止まって静かに考えてみていただきたいのです。


庭野日敬師は、

何を願って明るい社会づくり運動を始めたのでしょうか。


ただ単に、街づくりを推進しようとしたのでしょうか。

また、ボランティア活動自体を推進しようとしたのでしょうか。


私は以下の事を,全国拓塾で教えていただきました。


「明るい社会づくり運動とは、

それぞれの社会活動や奉仕活動のそのものを目的とするのではなく、

それぞれの奉仕活動や社会活動を通して得られる、思いやりの心や、

奉仕の心や感謝の心などの、個々の心の改革を目的としている。」という事でした。


それは、現在の目まぐるしく変化して行く社会状況の中で、

私達が今後生活をして行く中で、

何を大切にしていかなければいけないのかを考えた時に、

自然と導き出された結論だと認識しています。

また、その事は現在社会においてもとても大切な事だと考えています。


考えてみて下さい。


どんなに社会環境が整ったとしても、

道路や生活環境が整備されていても、

そこに住んでいる私達住民が、

個々を思いやる事が出来ずに、

自分自身の利益や損得の事だけを考えている社会だとすると、

こんな寂しい社会はないと思います。


親を思いやる心、師を敬う心、

また目上の人達を尊敬する心などは、

今後の社会生活を営む上でとても大切な心だと思いつつ、

継承しなければならない事だと考えています。



その為には、

達はどうすべきなのかを考える事

以下のご紹介させていただくのは、


大田区明るい社会づくり運動の30周年記念の時に

発表していただきました活動報告です。

私は、この大田区の活動は

まさに庭野日敬師の思いや願いを継承しつつ、

素晴らしい実践活動をされていると思っています。

また、同時に各地域で、

庭野日敬師の思いや願いを実践しようと考えている方々には、

とても大きなキーポイントが隠されていると考えていますので、

ここにご紹介させていただきます。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


大田区明るい社会づくり運動の30周年記念 実践報告

オアシス運動について

活動発表者   東京都大田区 大森地区委員長 山口恵三郎


オアシス運動は基本的には挨拶運動です。

「思いやりの心」を育む為に、

大田区明社のメイン活動として始めました。

オアシス運動は明社だけでなく、

学校、公民館等日本中でやっている運動です。

明社は20年位前からやってきましたが、

ポスターを貼る程度で、

これといった運動をしてきませんでした。

30周年を期に、

オアシス運動が大田区明社の実践活動に決まりました。

自分づくりの実践行としていつでも、

どこでも、だれにでもできる運動です。

この間、

ある小学校の先生がこんなことを言われました。

「つい最近まで、

子供達に、知らない人から話かけられたら、

返事しないで無視しなさい。

しかし、オアシス運動の話を聞いて、

時代が変わってきたんんですね。

これからは、このような運動が必要かも知れませんね。

応援しますよ」と言ってくれました。

今の時代は、

パソコンやインターネット、携帯電話等で

人と人の触れ合いが少なくなってきています。

隣に誰が住んでいるのか知らないとか、

同じ家に住んでいる家族でも、

たまにしか顔を見ないとかよく耳にします。

この様な時代だからこそ、

触れ合いのあるオアシス運動が必要ではないでしょうか。

オアシス運動の中でも、

私は「ありがとう」という言葉が好きです。

中央大学の小林正観の本がでていますが、

小林正観先生が「ありがとう」の実験をしています。

ありがとうと言うと、

本当にありがとうと言うことが起こってくるというのです。

私自身も、最近気がついた事が一つあります。

ごはんで実験したところ「ありがとう」が一番もちました。

「バカヤロウ」が一番早く黒くなりました。

何もしない無視したのがあるんです。

それが先にカビが生えてきました。

夏に実験をした人がいまして、

一番早く腐ったのが何もしなかった場合です。

人間も同じで、無視されると、

人も物もだめにしてしまうと大発見をしました。

この方も、沢山の方から、

先生こうなりましたと言われるそうです。

私も本を読んで、

できるだけ「ありがとう」を言うように心がけています。

会社に行く時、

駐車場の天井の上位の所に、

電線が通っているんです。

カラスが私の車だけに糞をするんです。

毎日のようでした。正月4日、

車を見たら糞だらけでした。

フロントガラスから後ろまででした。

夜遅く帰ってきて、

「ありがとうと」と天を仰いで1回言いました。

カラスにもいると思って「ありがとう」を言いました。

次の日の朝は、カサカサの糞まで車からなくなっていました。

弟は、雨が降ったからだと言いました。

夜中に確かに雨が降りました。

こすってもとれないのに、

ちょっとした雨では取れない糞が、

きれいにないのです。

それから毎日会社から帰ると「ありがとう」を言いました。

それから数ケ月位経ちますが、

殆ど糞が付かなくなりました。

こういった不思議なこととか、仕事で、

「ありがとう」を言っているせいか、

会社に行ったら大量に仕事が来ていました。

皆でよかったと喜んでいました。

機械が故障してしまいまして、

治すのに70万かかると言われました。

古い機械に「ありがとう」を言いました。

長い間働いてくれてありがとう。

そうしたら、機械のアラームが消えて動きだしたんです。

社長も信じない人ですが、

私が仕事をする時、

ありがとうを言えよというんです。

ありがとうという青葉は、

不思親な宇宙に繋がる膏薬だと思います。

「ありがとう」を言われて、

嫌な気特になる人はいないと思います。

言う方も、言われる方も嬉しい気縛になります。

「ありがとう」を言うと、

本当にありがとうといいたくなる事が起きると書いてありましたが、

本当なんだと実感しています。

オアシス運動は単なる挨拶運動ではなく、

人生を明るく楽しくする運動と感じています。

これから、オアシス運動を広めていきます。

明杜と言ったらオアシス運動、

オアシス運動と言ったら明社と言われるようにしたいと思います。

明社オアシス運動

「思いやりの心」を育むために

オ 「おはよう」を明るく挨拶

ア 「ありがとう」を心から感謝

シ 「しんせつ」をみんなに親切

ス 「すみません」を兼直に謙虚


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私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬師の考えていた明るい社会づくりとは何か、 [インタネット講座「拓塾」]

以前、庭野日敬師からこんな事を教えていただいた事を思い出します。

物事が成就するのには、「天の利・時の利・人の利」が揃わないと、なかなか物事が成就しない事を。

ですので私は、それぞれの方々がお互いの目標に向かって、精一杯の努力が、出来たのか・否かを問う事が大切だと思っています。

そして、お任せをして依頼をすべきところはお願いをし、自身ですべきところはキッチリと、精一杯の努力をする事が大切です。

すると、「物事の結果は、後から付いてくる物だ。」と考えています。

もし、私達のしようとしている事が本当に大切な事で、「天の利・時の利・人の利」が揃わないとすると、時を待つゆとりも、とても大切なポイントであります。


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ところで、明るい社会づくり運動について、庭野日敬師は以下の事をおしゃっています。

あなたには、どこまでの事が理解出来ますか。またどこまで実践出来ますか。

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最近、いい言葉を学びました。

アメリカへ出かけた折、

ホテルで読んだ山田無文老師のご本に、

臨済の教えが出ておりました

「無位の真人」いう言葉ですが、

なるほど昧わいのある、いい言葉だと思いました。


だれもが自分は凡夫なんだ、

と決めてかかっている世の中ですが、

それを自分には何の位もないが、

われこそ真の人間なんだという

自信に変えていったら、

それだけでも世の中は明るくなるはずです。


また、それを説くことによって、

集まってきた人たちに、

参加を呼びかけていく場所をつくることができれば、

第一段階の成功といっていいでしょう。


むろん、この運動を

立正佼成会のためにしようとする気持ちはありません。


第一、宗教協力といった言葉一つにしても、

ただ教団を大きくしたいというだけのことなら、

無駄なことです。


協力し合うからには、

他の宗派の人たちに向かって、

「あなたのところより、

うちの教団のほうがいいからいらっしゃい」とは

言えるわけがありません。


明るい社会づくり運動も同じです。


ところで、「国民皆信仰」は、

新宗達がめざす四つの柱のうちの一つですが

この目標を果たすためには、

なんらかの形で、

これが宗教者の生き方だという行ないも

見ていただきたいし、

話も聞いていただきたい、

と私はかねがね考えていました。


それに沿って提唱してきたのが、明社運動です。


また、そうしてお互いが相手を尊重し合って、

仏性を拝みながら協力していけば、

この世の中はたちまち極楽になると確信しています。

(中略)

この世を極楽にするもしないも、

心の置きどころ一つですから、

集まってくる人びとが

真の人間になれるか、

なれないかによって、

それが決まるのです。  
    


 (昭和53年・11付・機関誌「佼成」)

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いかがでしょか。

あなたにはどのように響きましたか。

それそも、あまり響かなかったでしょうか。


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時代の証言者よりー明るい社会づくり運動の庭野日敬師の真意とは、 [インタネット講座「拓塾」]

提唱者(庭野日敬師)の位置づけ

現在の、明るい社会づくり運動のあり方について私が聞いている所では、提唱者(庭野日敬師)の真意や願いを表面に出さない傾向があるようです。

その事は、立正佼成会さんの現会長さんのお考えなのか、ご本部の役員さんの意向なのか、それ以外のどなたかの意向なのか分かりませんが、そのような事があるようです。

それで本当によいのでしょうか。

ただ、それらの事を、庭野日敬師の著作物やお話になっている事の中で、「どのようにすべきなのかを」再確認させていただくと、その答えは一目瞭然のようです。

世の人々の中には様々な考えの方々がいますので、
自身のエゴとか色メガネを通して物事をとらえがちです。それらの方々には、なかなか本来の姿がご理解いただけない事も、残念ながら事実ではないでしょうか。

私なりに考える事の中に、現在の立正佼成会さんの中には、庭野日敬師のお考えや意向をご承知の方が多いと思っています。

それらの方々は、そのような現在の状況をどのように考えているのかが、私は不思議でなりません。


この明るい社会づくり運動が全国各地で立ち上がる当時に、以下の事が話題になった経緯がありますが、皆さんはご存じでしょうか。


もし、ご存じないようであれば
是非とも心に置いていただきたい事であります。


IMG_20180326_090202.jpg


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運動は自然発生ではおこらない。

中央連絡会議、第二回目の会議(昭和51年1月)で「本運動の提唱者は、立正佼成会会長、庭野日敬氏とする」ということが承認された。

今更、わざわざという考える方もあるが、これは大切な点だと思う。

大衆運動だから自然発生的に盛りあがったということではない。

誰かがきっかけを創ったり、与えることにより、火が付けられ、起きてくるものである。きっかけが不明確のまま、市民運動で誰彼、関係なく自発的、自主的に参加していたら、自然と大きくなった。だから特別、提唱者とか提案者などいない、という事はあり得ない。全ての運動が自然発生的に、発展拡大していくものならば、世の中はもっと住みよい、平和な社会はできていることであったろう。よいことは自分の手柄とし、失敗、悪いことは他人事とする風潮なる故、運動のおこり、きっかけを明確にする必要もある

一教団の会長でなく一宗教者の責務として提唱

 もう一つ、「本運動の提唱者は立正佼成会会長、庭野日敬氏とする」というところから誤解が生じていることがある。一般的通念は、庭野日敬氏イコール立正佼成会と写っているのだから、立正佼成会の社会運動、もしくは、立正佼成会の活動の一環が明社運動ということに写る。中央連絡会議の当初の頃、いつも話題になっていたのが、「明社運動は立正佼成会の布教活動の一環なのか」ということである。前にも書いておいたが、あまり毎度のことなので、中央連絡会議世話人と提唱者である庭野日敬氏との懇談会をとりもったことがある。
                         (昭和51年1月)



この時、庭野氏は
二時間に亘る話の中で印象的なことを語った。

庭野氏は、「現在の世の中を暗くしている原因は、エゴイズムである。エゴは対立を生む。宗教々団も、自分の宗教こそが唯一絶対なもの、という姿勢は教団エゴであり、宗教対立を生む。

これからの教団は宗教協力、協調を求めていくべきである。

私が明るい社会づくり運動を提唱したのも、自分の教団を大きくするという目的でしたものでなく、
現代の日本の社会は精神的荒廃、人間性の欠如は進んでいる。

このような社会状況を、宗教がただ自教団のことだけを考えている時ではない。

人間の精神、心を説く宗教者、宗教々団がまず、この社会的課題に教団のワクを超えて一致協力して、
この事態に当っていこうということでまず宗教協力という目的で進めてきたが、だんだん一般の協力者が現れてきた。

私自身、一教団の会長というより、
一宗教の責務ということで、この運動を提唱した。

利己主義の強い社会の中で、人に奉仕する心を育てる。

善意の心を呼びおこす運動として本運動を考えている。

従って、提唱はしたが、みんなで力を出し合って進めることが基本。

もし私が、運動理念とか運動の方策はこうあるべき、などと細かいところまで口ばしを入れたら、この運動を鋳型にはめこんでしまうことになり、市民参加の運動となっていかないだろう。

具体的な運動理念とか方策は、地域のリーダーの方々が英智を集めて進めてほしい。

佼成会は「縁の下の力もちという立場で協力する」という意味のことを語った。

提唱者自身が、このように話してあることは大事な点で、自分は指導者として明社運動に関わるものではない、ということを自己表明したものと受けとれる。

明るい社会づくり運動の提唱者であると同時に、理念的指導者だと写ることを、庭野氏自身が大変気を使っていることがわかる。


提唱者の真意を正直に受け入れよう

時々、大会などで「来賓あいさつ」で、誤解を生じるような事があるが、これは庭野氏自身、迷惑なことだろう。

提唱者が指導者ということであれば、この運動を国民運動とか地域住民運動として根づかせていけないだろうと、本人が忠告している位なのである。

だから私は、あえて庭野日敬氏、本人が日頃言ったり、書物に書いていることを、正直に理解して、行動すれば良いと思っている。

気をつかいすぎて、かえって提唱の真意を曲解することにならないようにしたい。

全国の代表者会議でも承認され、庭野日敬氏自身も「指導者でない、提唱者である」ということを言っているのであるから、その通りに私共は受けとり行動してゆけば良いのである。

確かに、「庭野日敬氏は提唱者であると同時に指導者である」という立場に位置づけて進める運動であってもおかしくはない。

それはそれで、今の形態の運動より、より発展していたかもしれない。

しかし現実には、その方針はスタートからとっていないのである。

提唱者は、指導者でない規則ですすめてきており13年間経っているのである。

本人の了解をとって庭野日敬氏を理念上においての指導者であると位置づければ、それも可能だったかもしれない。提唱者の位置づけも運動の分岐点となった。

但し、庭野日敬氏は立正佼成会会員に対しては、
明社運動に対するかかわり方
仏教的観点から運動主旨・理念はきちんと指導している。


「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに より 
               初版 昭和61年6月1日 (p102~106)
               著者 佐 藤 秀 裕

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いかがだったでしょうか。

あなたは、今後どのように受け止めてどのように行動しますか。

今、その事が問われているように思います。


私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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