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明るい社会づくり運動とは・・・、生かされている恩返し [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動とは・・・、生かされている恩返し

2022年も折り返しの月になりました。

また、コロナ過の状況が続いていますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私の家から見える富士山も、鮮やかにくっきりと、とっても綺麗な富士山が見えています。


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視野や感覚や、こころが済んで来ますと、出来事や物事を正確にキャッチ出来るようになります。

しかしその逆に、独善的に視野や感覚や、こころが歪んで来ますと、出来事や物事を正しく捉える事が出来なくなった来ますので、知らず知らずに、その判断や行動に誤りが生じやすくなって来ます。

そんな意味で、日ごろの精進や努力を重ねる事が重要になります。


庭野日敬氏は、こんな事を言っています。


生かされている恩返し

仏教の教えの基本が、すべての存在は他との関係(縁)なしにはありえない、という縁起観であることは、みなさんもよくご存じのとおりです。

その教えをどう実践に移していくかです。

まず、自分が今日一日を無事に過ごせるのはだれのお陰であるのかどれだけの人の助けをいただいているか、その縁起を知ることが報恩行の出発点です。

私たちは仕事が順調に進んでいるときには、すべて自分の力、自分の努力の結果だと思い込んで得意になっているのですが、それが、どれだけ多くの人の後押しによってなっているか、毎日、振り返ってみる習慣をつけてしまうことが大切です。

朝夕の経典読誦のご供養は、その行の一つなのですね。

いつも、まわりの人たちへの感謝を忘れずに、その感謝の気持ちを素直に表わしていく生き方と、自分を過信して得意になったり、努力が報われないと恨んだりする生き方とでは、天地の開きが出てしまいます。

先祖供養も、親孝行も、菩薩行も、すべて今日の自分をあらしめているものへの恩返しの行なのです。
   
庭野 日敬 著 『開祖随感』 
 1993年(平成5年) (佼成出版社) より



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お互い様に、様々なご苦労があると思いますが
     精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
              http://www.meisha.me/
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庭野日敬氏の明るい社会づくり運動への機縁(2) [インタネット講座「拓塾」]

インターネット講座「拓塾」を始めてから、さらにたくさんの方々に、
このブログを読んでいただけるようになりました。


ご覧いただいている皆さんのブラウザーの反対側いる私ですが、さたくさん方が、本当に真剣にお読みいただいている事が、不思議と、こちら側に伝わってくる気がしていますので、感謝をさせていただきつつ、気持ちを引き締めている現状です。


 また余談ですが、以前からあった事ですが、インターネット講座「拓塾」を始めてからは特に、どなたかは分かりませんが、私の後ろにいらっしゃる方の働きが強くなった気がしています。

「さらに、守られている。」そんな気がしています。



前回の書き込みをしました直後から、私の頭の中に「末法についての説明をしたらどうか。」との、思いが何度かよぎってきています。

このインターネット講座 拓塾の行動指針のなかで、「自修自得」を唱っていますのでご覧いただいている方々が、「自身で深く探求する意欲が無ければ、何事もなさん」との、立場に立っていますので、

私のお話する事の中で、不明確な点や疑問点があれば、ご自身で究明し深く探求する事を希望します。



しかし、私の後ろにいらっしゃる方々がさらに、「末法についての説明をしたらどうか。」との要望が強いように感じますので、庭野日敬師がご自身の著書の中で以下の事を述べていますので、以下に、ご紹介させていただきます。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新釈 法華三部経 8巻  (P306~311)より


お釈迦さまは、ご自分が入滅されてからあとの時代を予見なさって、五つの五百歳に分けておられます。すなわち、《大集経》というお経のなかで、つぎのようにお説きになっておられるのです。

(我が滅後五百年の中に於て諸の比丘衆、猶我が法に於て解脱堅固なり。後の五百年に我が正法の禅定三昧住することを得て堅固なり。後の五百年には読誦多聞堅固なり。後の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟し白法穏没し損減すること堅固なり)

これをわかりやすいように表にしますと、つぎのようになります。


第一五百歳 - 解脱堅固時  (正法)

第二五百歳 - 禅定堅固時  (正法)

第三五百歳 - 多聞堅固時  (像法)

第四五百歳 - 多造塔寺堅固時(像法)

第五五百歳 - 閥諍堅固時  (末法)             


   (P306 )

この五五百歳のうち、解脱堅固時)と(禅定堅固時)を合わせた千年を、正法といいます。仏陀の教法が正しく行なわれている時代というわけです。

つぎの(多聞堅固時)と(多造塔寺堅固時)を合わせた千年を、像法といいます。像だけが正法のときに似ている時代です。(P311 ~P312)

その五百年も過ぎてしまうと、もはや形式的な宗教さえおおむね無視されてしまう時代になるというのです。

仏教そのものについていえば、(我が法の中に於て閥諍言訟し白法隠没し損滅すること堅固なり)で、宗派争い(閥諍)が盛んになり、それも、言論闘争から政治闘争・法廷闘争(言訟)にまで発展し、ゴタゴタが絶えないわけです。

そして、正しい法(白法)はどこにいったかわからぬようになってしまうのです。

しかし、仏法はけっしてなくなってしまうのではありません。かくれ、見失われてしまうだけであります。

(隠)もかくれるという意味ですが、

(没)もかくれるとか沈むという意味のことばです。

なくなるという意味に使われることもありますが、しかしその場合でも、ぜんぜん無に帰してしまうのでなく、見えないところへかくれてしまうという意味をもっているのです。


これは、こまかい語意のせんさくのようですが、けっしてそうではなく、ひじょうに重大な意義をもっているのです。なぜならば、白法(仏法)が(ぜんぜんなくなってしまう)というのと、(かくれて見えなくなってしまう)というのでは、天地ほどの差があるからです。


いや、無と有のちがいですから、天地の差とも比較はできますまい。


ともあれ、仏法はけっしてなくなることはないのです(白法消滅)でなく(白法隠没)となっているところに、よくよく注目しなければならないのです。

さて、聞潜堅固というのは、たんに仏教および仏教界だけについていってあるのではなく、ひろく世相全般についての予言でもあるわけです。

その時代になりますと、人びとはまったく利己的になり、自分の利益・自分一家の利益の団体の利益・自分の国の利益・自分の属する階級の利益等々ばかりを追求するために、たがいの利害が情実し、つねにいがみあうようになります。我と我のつのつきあいです。


言論闘争・政治闘争・法廷闘争は日常のこととなり、人心はたいへん険悪な、トゲトゲしいものになります。いや、それですむうちはまだいいのですが、ついには血を流すような不祥事が起こり、またそれが国際的なものであれば、ついに人間どうLが殺しあう戦争にまで発展してしまうのです。

ちょうど、現代がその時代に当たりましょう。

(P306~P311 )

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は、庭野日敬師は法華経の真意を体得され、その事に基ずいて行動されていた。と、理解しています。


しかるに、「日蓮聖人のご遺文に説かれている末法の時代、つまり人びとが自分勝手な理屈を主張いたし、神仏を敬う念や倫理、遺徳がすたれて、穏やかならざる世の中になるという様相が、すでに表われていたのであります。


[明るい社会づくり運動の提唱は、

こうした心の荒廃に対して

問題を提起するとともに、・・・・・・」に、

なっていると理解しています。


「末法」という言葉に、必要以上にとらわれる事はないと思いますが、やはり、私は、これからの明るい社会づくり運動には、このような視点や感性を持ち合わせるリダーが必要不可欠だと思っています。


私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」


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明るい社会づくり運動の庭野日敬師の本当の願いとは! [インタネット講座「拓塾」]

以前、庭野日敬師から

こんな事を教えていただいた事を思い出します。


物事が成就するのには、

「天の利・時の利・人の利」が揃わないと、

なかなか物事が成就しない事を。


ですので、私は、

それぞれの方々がお互いの目標に向かって、

精一杯の努力が、出来たのか・

否かを問う事が大切だと思っています。


そして、お任せをして

依頼をすべきところはお願いをし、

自身ですべきところはキッチリと、

精一杯の努力をする事が大切です。


すると、

「物事の結果は、後から付いてくる物だ。」と考えています。


もし、私達のしようとしている事が本当に大切な事で、

  「天の利・時の利・人の利」が揃わないとすると、

   時を待つゆとりも、とても大切なポイントであります。


ところで、

明るい社会づくり運動について、

庭野日敬師は以下の事をおしゃっています。


あなたには、

どこまでの事が理解出来ますか。

またどこまで実践出来ますか。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


最近、いい言葉を学びました。

アメリカへ出かけた折、

ホテルで読んだ山田無文老師のご本に、

臨済の教えが出ておりました。

「無位の真人」いう言葉ですが、

なるほど昧わいのある、

いい言葉だと思いました。


だれもが自分は凡夫なんだ、

と決めてかかっている世の中ですが、

それを自分には何の位もないが、

われこそ真の人間なんだという自信に変えていったら、

それだけでも世の中は明るくなるはずです。

また、それを説くことによって、

集まってきた人たちに、

参加を呼びかけていく場所をつくることができれば、

第一段階の成功といっていいでしょう。


むろん、

この運動を立正佼成会のために

しようとする気持ちはありません。


第一、宗教協力といった言葉一つにしても、

ただ教団を大きくしたいというだけのことなら、

無駄なことです。

協力し合うからには、

他の宗派の人たちに向かって、

「あなたのところより、

 うちの教団のほうがいいから

 いらっしゃい」とは言えるわけがありません。


明るい社会づくり運動も同じです。


ところで、「国民皆信仰」は、

新宗達がめざす四つの柱のうちの

一つですがこの目標を果たすためには、

なんらかの形で、

これが宗教者の生き方だという行ないも見ていただきたいし、

話も聞いていただきたい、

と私はかねがね考えていました。


それに沿って

提唱してきたのが、明社運動です。


また、そうしてお互いが相手を尊重し合って、

仏性を拝みながら協力していけば、

この世の中はたちまち極楽になると確信しています。


(中略)

この世を極楽にするもしないも、

心の置きどころ一つですから、

集まってくる人びとが

真の人間になれるか、

なれないかによって、

それが決まるのです。  
    

         
  (昭和53年・11付・機関誌「佼成」)

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庭野日敬法話選集より、① 明るい社会づくり運動の基本を見直そう。 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬氏の著書であります、庭野日敬法話選集を拝読させていただきました。

何冊かある中で今回は法話選集6を手に取りました。

その内容は、国連軍縮特別総会に出席する事になる経緯から、世界宗教者平和会議に至る経緯や、その為の庭野日敬氏の理念・平和への実践、等がとてもわかりやすく書かれています。

初心者の方でも、よく理解出来るように丁寧に書かれています。

その中に、何か所も明るい社会づくり運動の活動の在り方に付いても触れています。

私が気になった個所をこれから順次、ご紹介いたします。



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庭野日敬法話選集 6 世界平和-理念と行動 P242


平和運動について、


現在の日本の平和運動をみますと、
私どもには、なかなか理解できないことがあるようです。平和運動の中に、もし、指導権争いとか、自己の主張だけを振り回すようなことがあれば、平和運動はゆがめられ、誤った方向に陥ってしまいます。これは運動の当事者が、あまりにも唯物史観に偏るため起こることではないかと考えます。

唯物思想や物質尊重の考えだけでは、ほんとうの平和は得られません。心の平和こそ、何よりたいせつであり、すべての平和運動は、ここから出発すべきものです。

仏法では〃物心一如〃と言って、物質と精神がどちらにも偏らないで、一体となることが、理想の境地であると説いています。また、他人のいぅことに耳をかさないで、自分のことばかり主張するようでは、争いが絶えません。

かえって、平和を乱すもとをつくることになります。意見が対立したり、理解がいかぬ場合は、納得のいくまで話し合うことがたいせつです。


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現代の社会では、自分独りでは生きられません。
多くの人々の相互の助け合いと、社会の秩序が必要です。自分も他人もすべて、つながりをもち一体であるという境地に目覚めることが〃自他一体観〃です。

党利党略にとらわれて、〃真実〃を見失うようでは、平和を口にする資格はないでしょぅ。

〃物心一如〃といえ〃自他一体観〃といえ、釈尊が二千書年前に、われわれに説かれた真理です。大衆の先頭に立って、平和運動に挺身するような人こそ、物心一如の境地まで、自分自身を高め、自他一体観に目覚めなくてはなりません。


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考えてみますと、
釈尊は、人に教えを説き、みずからも実践されたかたですから、
世界で最も偉大な、最も古い平和運動家だと言えましょぅ。

本会も釈尊の教えを人々に及ぼし、個人の完成や社会、国家の平和境建設を目指して活動しているわけです。今日ほど、世界に平和が求められているときはありません。

ただ、口に平和を叫ぶだけでなく、すべての人々がおのれ自身を反省し、他と協調していくことがたいせつです。ひとりでも多くの人が仏法の本義に目覚めて、日々の中に実践していくことにょって、ほんとうの平和が開けてくるものと思います。

(昭和39年7月佼成新聞)


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長い間、明るい社会づくり運動に接してきましたがとても重要な事をお話しています。

その中で、最も重要な事は理や理屈ではなく実践の尊さを繰り返しお話していただいています。

今、何をしなくてはいけないのか。

今、何が出来るのかを真摯に受け止める事が求められる時期に来ている思います。




私は、これからの明るい社会づくり運動には、
このような視点や感性を持ち合わせる
リダーが必要不可欠だと思っています。



明るい社会づくり運動を提唱した、庭野日敬師の心情を思うと・・・・・・。



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私が2010年より行っている非営利の活動
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【自己紹介】
明るい社会づくり活動・全国拓塾卒
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庭野日敬師はなぜ、明るい社会づくり運動の大導師はご本仏様と言ったのか。 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の残された著作物を拝見させていただくと、

色々な面で非常に勉強になります。

特に感心する事は、

難しい事をわかりやすく丁寧にお話していただいている点です。

また、お話していただいている事がとても奥深いので、

お話がわかりやすいだけに、

とても大切な事をつい、

何気なく見過ごしてしまう事があります。

私などは、

勉強不足ですのでなかなか真似する事は出来ませんが、

いつの日のか、

難しい事をわかりやすく

丁寧にお話し出来るようになりたいと思っています。


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ところで、庭野日敬師は、

「明るい社会づくり運動の導師はご本仏様」と

おしゃっている事はご存じでしょうか。

【明社運動発足25周年を迎えて】庭野開祖に聞く、の

          http://www.meisha.me/h25.html

最後にはっきりとおしゃっています。

「明るい社会づくり運動の大導師はご本仏様」とは、

「いったいどういった意味なのでしょうか。

私は、この事にはとても奥深い意味があるように思って、

常に大切に心に刻んでいます。

ただ残念なのは、

私にはこの事を他の人に、

わかりやすく説明する事が出来ません。

まだまだ、私自身の未熟さが目立つばかりです。

どなたか、私と一緒に考えていただけませんか。

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明るい社会づくり運動の末端の会員の声を反映する事が大事 [インタネット講座「拓塾」]

私は、佐藤秀裕氏(元全国拓塾・塾長)の生前に講演会などに同行をさせていただき、全国各地域にいる、明るい社会づくり運動のメンバーの方々と触れ合う機会をいただきました。

その時に、佐藤秀裕氏はご自身の考えを述べると共に、地域でご苦労されている方々の、生の声を良く聞いていた姿が、私の脳裏にはっきりと刻まれています。

頭ごなしに物事をおしつける訳でもなく、丁寧にその内容を伺っていました。

ここで、一緒に考えていただきたいのですが、「真剣に、明るい社会をつくろうとするときに、あなたならどうしますか。」

佐藤秀裕氏は、ご自身の著書で以下の事を述べていますが、現在でも、充分に対応出来る事だと考えています。

さて、あなたはどうするでしょうか ?


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全国各地域の運動への要望は何であったか

私は、明るい社会づくり運動が本当の意味で新しい社会づくり運動になりきるには、その裏付け、バックボーンとなる新しい世界観、価値観を明確にしていかねばならないと考え続けている。

はたして明社運動の中に、そうしたものが確立されるのだろうか。

以上のような考えをもっていた私は、運動の資料パンフレット「明社推進ノート一号」の発刊を考えた。そして、まず運動の方向づけ、理念、組織化の方法、全国活動状況を紹介することの計画を立て準備をすすめた。本来なら、各地域に応じた具体案を準備すべきであったが、そこまでは、まだ踏み込んでやることは不可能であった。そこでまず段どりとして、各地区からの要望、意見を聞くことからはじめた。

全国から寄せられた要望、意見をとりまとめて、一括してみたら次の内容に整理された。

一、地区の実践的記録の要望
二、模範的活動事例の紹介を
三、運動推進の具体的方法、手段を示せ
四、他団体との協力・協調の状態は?
五、全国共通の運動理念、目標方針を具体的に示せ
六、全国組織(仮称)の結成準備を
七、他県明社との交換、全国一斉統一大会、統一運動の展開を

以上のような意見、提言にまとめられた。

そしてこれらの要望を踏まえて、全国各地域へ次のような返事をかえした。


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「当事務局ではこれらの課題に応えていくため、可能な限りの準備を進めている。しかし、明社運動はあくまで各県各地域の特性に即して活動が進められているため、現場で苦心されている方々の意見を中心に案を練っていくことが基本になると思われる。
従って「明社推進ノート一号」は、全国の明社メンバーの総意と英知の結集となるような編集で進めている。」と、以上のことを同報告書にのべている。

なぜ今、この事をとりあげたかというと、ややもすると組織運動は「活動の先端で苦心されている方々の意見」が、組織を直接運営する立場にある人たちだけの意見はなれあいになっていきやすい。

次第に現場の意見、要望に直接応えていくことから離れる傾向と、なりがちとなるからである。それがマンネリ化、運動の停滞、サロン化の原因となっていくのである。

運動主旨の徹底化をはかる

組織を活性化させていくためには、組織を直接運営する立場の人は、基本姿勢を、自らの名誉、保身、利害関係におくのではなく、現場で苦心している人に眼と姿勢を向けて、そこに判断、決断の基準をおかなければならないことは言うまでもないが、この基本的なことが当事者にとっては難しいことなのだろうか。
(組織の問題は、後の章でくわしく触れることにしたい。)

さて、地域現場の要望に多少なりとも応えられるよう「明杜推進ノート一号」は、次の様な編集、内容方針を立てた。

一、世界情勢と日本の動き
二、日本の現状からみた、明杜運動の意義と目的
三、明社運動の理念
四、全国各地区活動状況
五、運動の方向と方針
六、運動の将来への展望   以上の内容であった。

世界状況の中から、運動の必然性、方向性を定めていこうという方針は、未だ抽象的であったが、この時からすでに立てられ、運行する方向づけができていたのである。

明るい社会づくり運動 行動と理念 
日本を支える大きな蜒りに  (p18~20) 
初版 昭和61年6月1日
著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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私のブログを見たり、ホームページを見ているだけでは何も変わりません。

あなたは、何が出来ませんか。また、何が出来ますか

是非、小さな事でもかまいませんので、
    あなたに出来るアクションプランを考えて下さい。
  

「日々 新たに」
お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬氏の提唱した明るい社会づくり運動の原点を探る [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬氏が
明るい社会づくり運動を提唱してから半世紀以上が経過しました。

その間に、何度かの大きな節目を向かえながら現在の活動のあり方に至っています。その間に、様々な方々のご協力やお力添えいただい来ましたお陰様で今日があるように思います。

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さて、世間の世の中の流れに目を転じますと、現在は「第五次産業革命」の時と言われていまして、世の中が今まで以上に目まぐるしく変化を繰り返して来ました。また、今後もさらに大きな変化を繰り返して行く時代の真っただ中に私たちは生活をしています。時には数年前の出来事は風化され忘れされてしまう事も多い時でもあります。

しかし、その時代の変化と共に
私たちの心のありようはどんなんでしょうか。

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最近の新聞やインターネット上で語られている出来事は、庭野日敬氏が明るい社会づくり運動を提唱した時より、世の中の心のありようはさらに荒廃しているように映っています。

また、明るい社会づくり運動の
活動状況はますます衰退の一途をたどっています。


それは、自分自身の問題として捉える方が非常に少なく、他人事と捉えている方が多い現実が一因しているようです。

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例えば、庭野日敬氏は法華経を基盤として明るい社会づくり運動を提唱していますので、法華経の研鑽を重ねていますと、その事がとてもよく理解する事が可能になります。しかし、その法華経の研鑽がルーズになって来ますと庭野日敬氏の提唱した思いや願い等の理解が難しくなって来ますので、己の利益や利害関係が中心になって来ます。すると、その方向性が次第にゆがめられてします現実が、過去の宗教の流れを見ると客観的に理解出来ます。

まさに、現在の明るい社会づくり運動の
姿を反映しているように私には映ります。


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今回は、そんな現在の明るい社会づくり運動のありようを点検する意味で、庭野日敬氏が明るい社会づくり運動を提唱した真意を探って見たいと思います。

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参考文献:明るい社会づくり運動 “行動と理論” 
      日本を支える大きなうねりに 佐藤秀裕著ヨリ
       著者:佐藤秀裕氏:長崎県出身。
          元 明るい社会づくり運動全国協議会 拓塾々長 

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7.運動提唱の真意(P54~57)

運動提唱意図の真意は何であったか

第一回世話人会を開く前日、昭和五二年一月二四日、初めて本運動の提唱者・庭野日敬氏と世話人との懇談会がもたれた。

この会談を開催するに至った経由は、これまで数回重ねてきた中央連絡会議での主な質疑の一つに提唱団体である、全国二〇〇余の教会会員が熱心なあまりか、布教活動の一環にみえるらしい。会則・運動方針では、地域住民、国民運動と謳っておきながら、どういうわけかということである。

このことの真意を、
提唱者としての庭野日敬氏に直接伺ってみることになって、
前述の世話人との会談が催けられることになったのである。

この時の、庭野氏の発言で、私の記憶に鮮明に残っている内容の一部がある。これからの提唱団体の立場と、明社運動の関りと指針を示す根本となるもので、これが今日まで活字となって現れてないので、印象をできるだけ正確にに記しておきたいと思う。

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提唱者の基本的見解

庭野氏の発言の主な要旨は次の通りであった。

「明るい社会づくり運動の始まりの基本は宗教の協力にあった。自分の教団を拡大していくことも大事であり、そうなるのも当然だが、今の時代は、国民的問題として精神的荒廃、心が忘れられている。人間の精神、心を直接扱っているのは、宗教者である。まず宗教教団、宗教者が一致協力して、宗派を超えて、この問題に対処すべきと思っている。

その意味で私は一教団の会長というより
一宗教者としての責務として、この本運動を提唱した。

従って、私が提唱したからと言って、具体的な運動の理念・方法はこうあるべきだとか、こうすべきなどと私が口を入れるとかえって、この連動を鋳型にはめるようなことになり、本来的な市民、地域住民運動に育っていかないと思う。

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運動の具体的な理念、活動の方策については、その地域の方々の英知を結集して、本来的な検討、研鑽していくべきと思う。人間として、正しいあり方、生き方を原点にすれば、宗旨、宗派、主義主張を超えて、一緒になって共に働けるはずである。その意味を含めて、誰もが入りやすい共通の土俵として 『明るい社会づくり運動』という言葉で提唱した。」

大体以上の主旨のことを述べ、自分の教団拡大のための手段として、考えていないことなどを強調された。

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しかし、この時の話は、地域運動リーダーに対しての話であって、立正佼成会会員に対しては、庭野日敬氏は明社運動にとりくむ姿勢・運動の理念については、仏教観に基づく、運動理念、姿勢をきちんと指導しているのである。

ここで私共がよく誤解するところであるが、「明るい社会づくり通勤の提唱者は庭野先生で、当然運動理念も庭野先生から出ている。従って指導も庭野先生からでている。という認識が、一部の人に働くところにある。


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この考えが地域住民参加の国民運動をめざすのか、一教団の社会運動なのか、という問題を生む原因となってくる。この点が全国各地域の明社組織と提唱団体各教会との問にちょっとした見解のちがいから、誤解を抱いているところもある。
せっかく善意でやったことか運動理念についての混同と明社組織の混同かマイナスの形てあらわれることのないようにしたい。

庭野氏の真意は、提唱団体の立場は基本的に黒子役に徹する事を望んでいる。
(P66ページ参照)

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提唱者・庭野日敬氏、初の登場 (P66ページ)

提唱者である庭野日敬氏は、仏教で説く縁起観に立って、本連動の提唱の意義を次のように述べた。

庭野氏が運動の意義と提唱の主旨を公的な場で話すのは初めてのことであるので、主催者側の私共も大変、関心をもって傾聴した。要旨は次のことであった。

「明るい社会づくりは、お互いに持ちつ持たれつの関係で、
世のため人のために、という考えから始まった。これが出発点。

世の中の物質は有限であるという時代状況の中で、何の尺度を持って、将来を予測するかということが、我々の気にするところである。

仏教で説くところの「縁起説」は、自他一体という形でものを考えていく。人との出合い、触れ合いの中で関係が生ずる。「善因善果」「悪因悪果」という法則である。

人との関係を最も大事にしていけばうまくいく。従って、有限の時代においては、自分だけ、自国だけの立場を守っていくことは、法則からみれば、悪因をつくることになる。


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こういう意味で、お互いに善縁を結ぶために、自分のでき得るだけのことを、社会のために尽くす。そこに善果が生れる。ここに明社運動を提唱した所以があるわけである。大衆の中に宗教家が素っ裸になって、まず、お手本を示すことが大事と思う。

そして、世間の人に愛され、信じられる教団になっていくためにも、宗派を越えて、いろいろな宗教の万々にも協力を願っている。

今はもう、推進されている方々の英知が結集されて、いろんな角度からの具体的な方法が生まれているようである。
今後とも、皆様の結集された英知に離れないで、協力をお誓い申し上げたい。」以上の主旨のことを語った。


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「大衆の中に宗教家が素っ裸になって、まずお手本を示すことが大事と思う」というところは、なかなか一教団の会長としては言えないことではないか。「本連動が布教の一環ではないか」という、疑念を思わせる内容は一言もないことに注目しておきたい。

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庭野日敬氏の真の思いや願いは、どなたでも理解し・具現化出来るものだと思います。

但し、先程も述べたように法華経の研鑽度合いがその方・その団体・その組織の利害関係が作用した時にその足取りを重くしてしまうようです。

そんな意味でも日々の研鑽を重ねて行きたいと考えています。




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【自己紹介】
明るい社会づくり活動・全国拓塾卒
明るい社会づくり活動・全国拓塾運営委員に関わる

〇現在
非営利型一般社団法人マインドフルメイト:代表理事
マインドフルネス乃学校:校長
マインドフルネス総合研究所:理事
ナビィーサービスネットワーク:代表

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庭野日敬師の考えていた明るい社会づくりとは何か、 [インタネット講座「拓塾」]

以前、庭野日敬師からこんな事を教えていただいた事を思い出します。

物事が成就するのには、「天の利・時の利・人の利」が揃わないと、なかなか物事が成就しない事を。

ですので私は、それぞれの方々がお互いの目標に向かって、精一杯の努力が、出来たのか・否かを問う事が大切だと思っています。

そして、お任せをして依頼をすべきところはお願いをし、自身ですべきところはキッチリと、精一杯の努力をする事が大切です。

すると、「物事の結果は、後から付いてくる物だ。」と考えています。

もし、私達のしようとしている事が本当に大切な事で、「天の利・時の利・人の利」が揃わないとすると、時を待つゆとりも、とても大切なポイントであります。


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ところで、明るい社会づくり運動について、庭野日敬師は以下の事をおしゃっています。

あなたには、どこまでの事が理解出来ますか。またどこまで実践出来ますか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最近、いい言葉を学びました。

アメリカへ出かけた折、

ホテルで読んだ山田無文老師のご本に、

臨済の教えが出ておりました

「無位の真人」いう言葉ですが、

なるほど昧わいのある、いい言葉だと思いました。


だれもが自分は凡夫なんだ、

と決めてかかっている世の中ですが、

それを自分には何の位もないが、

われこそ真の人間なんだという

自信に変えていったら、

それだけでも世の中は明るくなるはずです。


また、それを説くことによって、

集まってきた人たちに、

参加を呼びかけていく場所をつくることができれば、

第一段階の成功といっていいでしょう。


むろん、この運動を

立正佼成会のためにしようとする気持ちはありません。


第一、宗教協力といった言葉一つにしても、

ただ教団を大きくしたいというだけのことなら、

無駄なことです。


協力し合うからには、

他の宗派の人たちに向かって、

「あなたのところより、

うちの教団のほうがいいからいらっしゃい」とは

言えるわけがありません。


明るい社会づくり運動も同じです。


ところで、「国民皆信仰」は、

新宗達がめざす四つの柱のうちの一つですが

この目標を果たすためには、

なんらかの形で、

これが宗教者の生き方だという行ないも

見ていただきたいし、

話も聞いていただきたい、

と私はかねがね考えていました。


それに沿って提唱してきたのが、明社運動です。


また、そうしてお互いが相手を尊重し合って、

仏性を拝みながら協力していけば、

この世の中はたちまち極楽になると確信しています。

(中略)

この世を極楽にするもしないも、

心の置きどころ一つですから、

集まってくる人びとが

真の人間になれるか、

なれないかによって、

それが決まるのです。  
    


 (昭和53年・11付・機関誌「佼成」)

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いかがでしょか。

あなたにはどのように響きましたか。

それそも、あまり響かなかったでしょうか。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
              http://www.meisha.me/
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庭野日敬法話選集より、② 明るい社会づくり運動への決意を知ろう! [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬氏の著書であります、庭野日敬法話選集を拝読させていただきました。 何冊かある中で今回も法話選集6を手に取りました。 その内容は、国連軍縮特別総会に出席する事になる経緯から、世界宗教者平和会議に至る経緯や、その為の庭野日敬氏の理念・平和への実践、等がとてもわかりやすく書かれています。 初心者の方でも、よく理解出来るように丁寧に書かれています。 その中に、何か所も明るい社会づくり運動の活動の在り方に付いても触れています。 私が気になった個所をこれから順次、ご紹介いたします。 IMG_20191208.jpg :::::::::::::::::::::::::::: 庭野日敬法話選集 6 世界平和-理念と行動 P219 明るい社会づくり運動への決意 伝教大師の「山家学生式」(さんげがくしょうしき)に 「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」という言葉がありますが、 明るい社会づくりへの道も、せめて、ほんの片隅でもいい、 自分の力で照らしていこうとする心がけから、始まると思うのです。 世の中のひとりびとりが、そういう明るい人間になることが、 そのまま明るい社会をつくることになります。 したがって、そのひとりびとりをお導きして、 徹底した信仰を持ってもらうようにすることが、 この社会をほんとうに明るくすることになります。 2b09c7936cd06cc8b6841fb3fbda88e1.jpg しかし、今の人間はみんな欲はかりが深いから、 中には明るい社会づくりという名を借りて、 何かうまいことをする足がかりにしようとして 入ってくる人もいることでしょう。 こういう人達がいること事態、世の中を暗くしているのですが、 それでも、知らん顔して仲間に入れて、 一緒にやっていくことが必要なのです。 そこで、立正佼成会は 明るい社会づくりにどういう心がまえで臨んでいるかを、 みんなに見せていかなくてはなりません。 6cd83939c4182ed748f0ebec19031792.jpg 信仰心をいつも皆さんの前に公開しているんだ、 という気持ちに私達がなりきれば、 うまいことをしようなどと間違った考えを持って入ってきた人も、 信仰者はさすがに違う、経済的な問題などには目もくれずに、 ほんとうに、この世の中をよくすることを 真剣になって考えているんだなあ、と気がつくでしょう。 ですから私達は、 宗教者の意気地というものを信仰心のない人達に見せてやろう、 というくらいの心構えを持つべきだと思うのです。 昭和47年12月求道-特集号 :::::::::::::::::::::::::: IMG_20180425_115529.jpg いかがだったでしょうか。 貴方のお考えや、貴方の意向とはどの程度の違いがありましたか。 私は、庭野日敬氏はご自身の思いや願いを、 誰にでもわかりやすい言葉を使って端的にお話下さっていると思っています。 これ以上の言葉はないのではないでしょうか。 後は、残されて私たちが、 どのように受け継いでいくのかに掛かっています。 庭野日敬氏の、 思いや願いを受け継いでいく事がとても大事になります。 明るい社会づくり運動を提唱した、庭野日敬師の心情を思うと・・・・・・。 私は、これからの明るい社会づくり運動には、 このような視点や感性を持ち合わせる リダーが必要不可欠だと思っています。 私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」 ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆ 庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ               http://www.meisha.me/ ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆ 私が2010年より行っている非営利の活動        マインドフルメイト:https://mindfulmate.jp/           ブログ   : http://mindfulmate.seesaa.net/
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一隅を照らす者あれば国の宝なり | インタネット拓塾 [インタネット講座「拓塾」]

ありのままに見る習慣を付けよう!

私達は毎日の生活習慣の中で、

日々起こってくる様々な出来事をどうしても、

日頃の生活習慣や、

先入観念で物事を見てしまう傾向にあるようです。


おそらく、その方が楽なのかもしれません。


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「以前はこのようにやっていた。」とか、

「おそらく、こうではないだろうか。」

「誰々がこう言っていた。」

また、

「新聞やマスコミ報道がこのように言っていた。」

その事が、事実なのか、そうでないのかを確かめる事なく、

日頃の生活を送ってしまうようです。


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私は以前、明るい社会づくり運動 全国拓塾の入塾式の時に、

佐藤秀裕氏のおしゃった言葉を忘れる事がありません。

佐藤秀裕氏は、

「これから全国拓塾で行われる研鑚を鵜呑みにしてはいけない。自分自身の眼で確認し、咀嚼し、自身の物にしなくてはいけない。」と。


私達の身の回りには、様々な出来事が起こって来ます。

日々、起こって来る出来事を、

自身の憶測や先入観念で見る事を一時休止して、

「ありのままに見てみる。」その事がとても大切だと思います。



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例えば、

〇新型コロナウイルス肺炎の実態は報道されてるとうりなの。(真実と事実の違いとは?)

〇新型コロナウイルス肺炎はいったいどこまでが安全で、どこからそうでないの。(その根拠は?)

〇新型コロナウイルス肺炎を本当はどうしたら防げるの。(試験デタ-はあるの?)

〇新型コロナウイルス肺炎の保障の負担を、本当は最終的には誰が負担するの。
      (本当の負担は、 国 ・ 国民 ・ 企業 、いったい誰だろう?)

〇新型コロナウイルス肺炎の安全を必死に確保しようとしている人たちがいる事忘れてはいけない。

〇新型コロナウイルス肺炎を本当に終息出来るの。

〇新型コロナウイルス肺炎のワクチンはいつ開発出来るの。 tec


一歩、その眼を転じて、

今までとは、視点を変えて見る事はとても大事な事です。


私達は、現状を出来るだけ正確に把握し、自分自身の眼で確認し咀嚼し、自身の物にしなくてはいけない。


そして、

「私自身に何が出来て・何が出来ないのか」を己自身に問い、

「自身に出来る事を始める」、

そこが大切なポイントだと考えています。


「一隅を照らす者あれば国の宝なり」



自分なりに「今出来る事を、真心を込めて繰り返して行く。」


こんな気持ちで日々努力しいく事が大切になります。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆





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