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庭野日敬師の根底にある思いや願い (1) [明るい社会づくり運動のポイント]

新釈 法華三部経「著‐庭野日敬」は何度か読んでいますが、
今回も、新たにチャレンジをしようと思っていましたが、
全部で十巻になりますので、なかなか気分的にその気にならずにいました。

あせらずに、その時が来るまで辛抱強く待つ事にしていました。

あせって急いで読んでも、意味がないと思ったからです。

その間に、
日蓮ご聖人の御遺文を読みましたがとても参考になりました。
全部を読ませていたく事はなかなか大変な事ですので、
代表的な物を原文で読みましたが、
当時の時代背景や、
日蓮ご聖人の息づかいや気魄を感じる事が出来た事や、
法華経を理解する上でとても勉強になりました。
(訳文を読むのではなく、原文を読んだのが正解だったと思います。)



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新釈法華三部経「著‐庭野日敬」を読み始めて思う事は、
庭野日敬師が真心をこめて丁寧に書いている事がとても良く伝わります。

また、読む人の事を考えて
書いている事がとてもありがたい事だと思っています。

読み始めてまだ冒頭ですが、
庭野日敬師の息づかいが感じられ、
感謝・感激しながら読んでいます。

特に驚いた事は、第一巻の「はじめに」の部分ですが、

【法華経は人間第一の教え】(P‐46)ではこんな事を述べています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
法華経は(人間尊重)の教えであり
(人間完成)の教えであり、その上に立つ(人類平和)の教えです。

一言にしていえば、ヒューマニズム(人間主義)の教えなのです。
また、繰り返すようですが、法華経はその内容が尊いのです。その精神が尊いのです。
そして、その教えを実行することが尊いのです。
その教えを理解し、信じ、実行することによって、
普通の社会生活を営みながら、煩悩にとらわれない心境へ次第に近づいてゆく。
その上、お互いがひとのために尽くしあうことによって、
それぞれ自分自身を高めながら、同時に世の中を住みよく美しくしてゆく。

――それが法華経を行ずる者の理想にほかなりません。――

法華経が説かれてから二千五百年、
はじめてその教えの真精神が完全に理解される時代がやてきました。
そして、その実行の目標が完全にお釈迦さまの真意と一致する時代となってきたのです。
皆さん、いまこそわたしたちは、この教えの真実にたちかえって、
自分自身のため、家族のため、ひとのため、世の中のため、そして世界平和のため、
積極的によりよい明日を築いてゆこうではありませんか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この文章に、庭野日敬師の思いや願いが凝縮させているように思います。

この本の初版が昭和39年3月12日ですので、
ローマ教皇パウロ6世と会見や、
明るい社会づくり運動、世界宗教者平和会議が始まるの前の事です。

庭野日敬師は、ご自身の宗教活動や
明るい社会づくり運動や世界宗教者平和会議を通じてご自身の思いや願いを、
具現化して来られたのではないのでしょうか。

おそらく、庭野日敬師の中ではそれらの活動での区分けはなく、
それぞれは一体化して一つの目的・目標の為の活動であったとのお考えだと思います。

その庭野日敬師の一貫したお考えと行動力が素晴らしいと思います。

私達は、庭野日敬師の提唱された明るい社会づくり運動を通じて、
庭野日敬師の思いや願いをより具現化すべく努力精進したいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                     http://www014.upp.so-net.ne.jp/asu/
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆


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【自己紹介】
明るい社会づくり活動・全国拓塾卒
明るい社会づくり活動・全国拓塾運営委員に関わる

〇現在
非営利型一般社団法人マインドフルメイト:代表理事
マインドフルネス乃学校:校長
マインドフルネス総合研究所:理事
ナビィーサービスネットワーク:代表

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精神的な偏食-庭野日敬氏のお言葉 [庭野日敬師の言葉]

庭野日敬のお言葉の中には、とても意味深いことが含まれてることが多々あります。

表面上の言葉だけではなく、

その奥底に含まれている事も加味して捉えると、

さらに、庭野日敬氏の素晴らしさが伝わって来ます。

新型コロナウイルス肺炎の影響で、

世界の状況が不安定な時にこそ、

自身の信仰が試される時ではないでしょうか。



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開 祖 さ ま 随 感

      1968年(昭和43年)庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より


精神的な偏食



『法華経』の方便品(ほうべんぽん)には、

「真実の教えはただ一つであって、

二つも三つもあるわけではない。

ただ仏の智慧に到達するまでの手段として、

相手に応じていろいろな説き方の違いがあるが、

その説き方の違いも究極の真実に導くためなのである」と説かれています。


この世にはさまざまな宗教がありますが、

それぞれの違いは、

その時代、その社会を生きる人たちを

究極の真実の道に導くためのものだといえましょう。


それぞれの宗教が互いに違いを言い立てて対立し、

協力を拒むといったことがいかに無意味であるか、

この仏さまのお言葉をかみしめると、よく分かってきます。


信仰とは、帰依する対象を信じきって、それを貫き通すことです。


また、その心構えでなくては真の信仰とはいえません。


しかし、そこで一歩誤ると、

自分の教えの絶対性を主張して他を認めようとしない

排他独善の信仰に陥ってしまいます。


それは、言ってみれば精神的な偏食のためにやせ細り、

視野の狭い人間になってしまうようなものです。

くれぐれも注意しなければなりません。


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いかがでしょうか。


貴方(貴女)の心には、どのように響きましたか。


信仰とは、こころに響き(感受)がとても大切になります。


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【自己紹介】
明るい社会づくり活動・全国拓塾卒
明るい社会づくり活動・全国拓塾運営委員に関わる

〇現在
非営利型一般社団法人マインドフルメイト:代表理事
マインドフルネス乃学校:校長
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タグ:庭野日敬
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理屈より実践-庭野日敬氏のお言葉 [庭野日敬師の言葉]

現代社会は、頭でっかちで足元がおぼつかない方が多いご時世と言われています。

今回の、新型コロナウイルス肺炎の対策に付いても同じ事が言えると思います。

例えば、
政府の首脳陣・東京都や大阪府の知事等の
表情や、目の輝きや、声の張り等を観察していると、
そのご苦労の様子がとてもよく伝わります。


今の状況は、前例のない出来事に遭遇をしています。

また、その先々の様子も不透明です。


そこで、一方向だけを眺めての判断は大きな間違いになりかねません。

でも、それらの事は差し置いて、
自分の言いたいことだけを言う人の多い事。

建前や理論・理屈だけが先行してしまうのでしょうか。

こんな時に、庭野日敬氏はとても大切な事を
開祖随感で言っているページを見つけましたのでご紹介いたします。



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開 祖 さ ま 随 感

      1980年(昭和55年)庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より

理屈より実践


浄土真宗の真溪涙骨師は

「人生語録」にすばらしい言葉を遺されています。

「実践に理屈なし。

問うの無用、答うるの無用。

ただ『捧ぐる』の一事あるのみ」というのもその一つです。


なぜ善いことをしなければならないのかと問うのも無用、

功徳を積みたいからと答えるのも無用、

菩薩行には理屈は不要だというのです。


シンガポールで

第一回アジア宗教者平和会議が開催された

その会議のさなか、

私たちはベトナムから
ボートで逃れ出る難民の救援に取り組みました。

雨期が迫っていて、

放っておけば海の藻屑となるのが目に見えていたからです。

その宗教者の救援活動に対して、

「ボートピーブルは体制からのはみだし者だから援助すべきではない」とか、

「ボートピープルはベトナムの内政問題であって干渉すべきではない」と、

国際通を自ら任じて講釈する人たちがいました。

しかし、そうした高邁な理論を振り回すよりも、

自分の目の前に救いを求め、

懐に飛び込んでくる窮鳥がいたら、

なんとしてもそれを救おうと力をふりしぼるのが

人の道なのではないでしょうか。

宗教者の実践は、これあるのみです。


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いかがでしょうか。


緊急事態宣言が出されたからと言って、

今は、黙って、ジーっと、おとなしくしている時ではありません。


今まで、どうりの活動方式ではなく、

電話や、メールや、lineや、SNS、等を活用するのです。

どう、  何しているの、  大丈夫、


声を掛けて上げて下さい。

不安な時や、元気がない時の

何気ない、一言がとても勇気づけられるのです。

今は、黙って、ジーっと、おとなしくしている時ではありません。


お互い頑張りましょう。










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