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羅針盤となる教えの大切さ、瀉瓶無遺より-庭野日敬氏のお言葉 [庭野日敬師の言葉]

羅針盤となる教えの大切さ、瀉瓶無遺より-庭野日敬氏のお言葉


新型コロナウイルス肺炎の影響が広がる頃より、私の背中を押し続ける方がいます。

その方が、どこのどなたなのか、私には知る術がありません。

その事について、私自身にも葛藤がありますが、

その方に導かれる事によりこのブログを綴っています。


庭野日敬氏は、

法華経を、私達凡夫にも、とても分かりやすく伝えています。

また、後々の世の人たちの為に膨大な書物を残しています。


その、どの書物を手にしても庭野日敬氏の真心が伝わって来ます。



その中で、

新型コロナウイルス肺炎の影響が広がる現在の状況を、

只、只、見守る事だけしか出来ない教団を、

とても、悲しく・寂しく思っています。


5月20日18:46 現在(現地時間)Local time

世界の新型コロナウイルス肺炎の新しい感染者数:638,247
Number of new coronavirus pneumonia infections in the world:

世界の新型コロナウイルス肺炎の感染者数:164,523,894名
Number of people infected with new coronavirus pneumonia in the world

世界の新型コロナウイルス肺炎の死亡者数:3,412,032名
Number of deaths from new coronavirus pneumonia worldwide
死亡率‐2,074%

〇投与されたワクチンの投与数  1,407,945,776 5/17
〇Number of vaccines administered: 1,407,945,776 times 5/17

※出典:WHO (COVID-19) ホームページ


世の中は、いつまでも同じ状態ではいません。

諸行無常、時の流れは日々前に進んで行きます。


時代の最先端を歩むのではなく、

時代の流れに沿って歩む事が必須になります。



今、何をすべきか。

今、何が出来るのか。

模索しつつ、可能な活動を始める時ではないでしょうか。




私の背中を押し続ける方からは、そんな声が伝わって来ます。



今日は、そんな中から瀉瓶無遺に綴られている一説をご紹介いたします。



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 瀉瓶無遺 

        佼成出版社 発行:1993.11  P128~129


羅針盤となる教えの大切さ

  

地球をはじめとして星にもそれぞれ軌道があるように、

人間にも人間として守るべき

倫理規範というか歩むべき道があります。


もしも、

この世に基準となるべき物差しや秤がなかったならは、

私たちは社会生活をスムー ズに営むことはできません。


とかく人は、

実現できない大きな目標を単なる理想論にすぎない、

といって片つけてしまいがちですが、

理想があればこそ、

それをめざして歩くことができ、

また自分の足りなさを省みることができるのです。


とくに大乗仏教では、

到達するということよりも、

それに向かって歩きつづけること自体(精進)を、

尊く、大切なものとしております。



私たちは星に行くことはできませんが、

夜空に星が輝いていればこそ

暗夜の旅路を迷みずに歩けるのです。


人がこの世に生きるためには、羅針盤となる教えが必要です。


そういう意味で

人間としての理想像である仏さまを

恭敬(くぎょう)する大切さがあるわけです。


その理想像に比べて自分かいかに未熟であり、

足りないだらけであるかを知ることができます。


からこそ、

人から「謙虚になりなさい」と言われなくても、

おのずから謙虚になれるのだと思うのです。


仏教学者の中村元先生が、

「愚かなる者も自分は愚かであると知っていれば、それは賢者である。

愚者でありながら、

しかも自分は賢者であると思う者こそ愚者と言うべきである。」という

『法句経』に一部を紹介しておられました。


私は足りない人間だと謙虚さを忘れないことこそ、

そして真正直であること、

それが人間成長に欠かせない要件だと私は思うのです。


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いかがでしょうか。

このブログは、

多くの教団関係者の方々も見ている事と思っています。


只、黙って指導部からの指示に従っていれば良いのではありません。


自らが、自らの、信念に従って

法華経に書かれている事を行動に移さなくては、

お釈迦様や庭野日敬氏や法華経を裏切る事になります。


法華経とは、だれかに言われたから始めるのは初心者の歩む道です。


いつまでも、初心者であってはならない。


法華経とは、菩薩の発心の教えとも言われています。〖注-1〗
      自ら、行動を起こす事を説いています。
      自ら、行動を起こす事により共鳴者が現れます。
      この事が法輪を転ずる事に繋がっていきます。

仏飯をいただくものとして、〖注-2〗
恥ずべき事が無いように行動すべきと考えています。







〖注-1〗発心とは、
(仏語。 悟りを得ようとする心を起こすこと。 菩提心 (ぼだいしん) を起こすこと。 仏門に入ること。)参考-菩薩の発心について-大谷大学のページ

〖注-2〗仏飯をいただくもの
(仏様の事をして生計を立てている人。例-僧侶・宗教や教団等の関係者)


瀉瓶無遺 佼成出版社 発行:1993.11
瓶の水を一滴も残さず次の瓶に移すように、立正佼成会の教えを次の世代に伝えたいという願いが、書名『瀉瓶無遺(しゃびょうむい)』にこめられています。仏教徒として、佼成会員として守り伝えるべき信仰の核心について、信仰者の毎日の行の一つひとつについて、具体的に説き示されています。


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タグ:庭野日敬
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