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苦が救いの神-庭野日敬氏のお言葉 [庭野日敬師の言葉]

私の背中を押し続けている方がいます。

その方が、どなたなのか、

どんな目的なのかも、私には知るすべもありません。

時には、その方の思いと私の思いとが交錯する事がありますが、

最終的には、
その方の思うように進むことになります。


具体的な事を言いますと、

例えば土地因縁ですが、

生まれ育った土地の江戸時代からの仕置き場のご供養、

また、現在居住地の

武田信虎(武田信玄の父)に関係する土地因縁のご供養など、

私の御宝前には600名あまりの土地因縁の方々の戒名が上がっています。

それらの方々は、誰にも看取られる事なく

無残な最期で、この世のを離れざるを得なかった方です。


⇒ 武田信虎の関係する土地因縁のご供養の詳細


ですので、どなたに相談しても最初は鼻も引っかけてくれません。


ですので、その事を根気よく・

根気よく、粘り強くご理解を頂くことになります。


そんな時に、

私のこころの支えになったのは、庭野日敬氏の教え(法華経)です。


法華経とは、ご存知の方(信者)がとても多いい経典ですが、

その法華経を誰が説いても同じではありません。


そこで、誰が説いた法華経なのかがとても重要になります。


その違いを見分ける事が出来るのか、否かが

その後の、法華経の精進のあり方のポイントになります。


そんな意味でも、

庭野日敬氏の教えはとても大切な事を説いています。



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開 祖 さ ま 随 感

      1988年(昭和63年)庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より



苦が救いの神


自分がご法で救われたときのことを思いだしてみてください。

あれもこれも自分の思いどおりにならない、と腹を立てていたのが、

先輩に教えられて、相手の立場を考えてみるようになる。

そして、思いどおりにならないのは

自分の足りないところを教えてくれているのだ、

という見方ができるようになったら、

いつのまにか問題が解決していたといった体験を、

みなさんがされているはずです。


この見方が信仰の原点です。


毎日の生活には、

仕事上のストレスや家庭の不和などが、次々と起こります。

嫌な相手とも出会わなくてはなりません。

しかし、そういう事件や相手が、

自分を真理のレールに乗せてくれるのだと法華経は教えているのですね。

自分の体験を通して、

そのことはよく知っているはずなのに、

私たちはすぐ自分中心の見方に戻って、

苦を抱え込んでしまうわけです。



いまの自分の心を点検して、

もし不平不満が多かったら、信仰の原点を見失っているのです。


原点に戻りさえすれば、

身のまわりに起こることのすべてを、

心からの感謝で受け取れるようになってきます。


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この事を、私に一番最初に法華経を説いて下さった方は、

「法華経は、糞を小金に変える教え」と説いて下さいました。

現在では、そんな事を言う方はいないと思いますが、


法華経を端的に捉えています。


その方の、経験からお話しくださった言葉だと

受けとめて、今でも大切に胸に刻んでいます。




お互い頑張りましょう。






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