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理屈より実践-庭野日敬氏のお言葉 [庭野日敬師の言葉]

現代社会は、頭でっかちで足元がおぼつかない方が多いご時世と言われています。

今回の、新型コロナウイルス肺炎の対策に付いても同じ事が言えると思います。

例えば、
政府の首脳陣・東京都や大阪府の知事等の
表情や、目の輝きや、声の張り等を観察していると、
そのご苦労の様子がとてもよく伝わります。


今の状況は、前例のない出来事に遭遇をしています。

また、その先々の様子も不透明です。


そこで、一方向だけを眺めての判断は大きな間違いになりかねません。

でも、それらの事は差し置いて、
自分の言いたいことだけを言う人の多い事。

建前や理論・理屈だけが先行してしまうのでしょうか。

こんな時に、庭野日敬氏はとても大切な事を
開祖随感で言っているページを見つけましたのでご紹介いたします。



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開 祖 さ ま 随 感

      1980年(昭和55年)庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より

理屈より実践


浄土真宗の真溪涙骨師は

「人生語録」にすばらしい言葉を遺されています。

「実践に理屈なし。

問うの無用、答うるの無用。

ただ『捧ぐる』の一事あるのみ」というのもその一つです。


なぜ善いことをしなければならないのかと問うのも無用、

功徳を積みたいからと答えるのも無用、

菩薩行には理屈は不要だというのです。


シンガポールで

第一回アジア宗教者平和会議が開催された

その会議のさなか、

私たちはベトナムから
ボートで逃れ出る難民の救援に取り組みました。

雨期が迫っていて、

放っておけば海の藻屑となるのが目に見えていたからです。

その宗教者の救援活動に対して、

「ボートピーブルは体制からのはみだし者だから援助すべきではない」とか、

「ボートピープルはベトナムの内政問題であって干渉すべきではない」と、

国際通を自ら任じて講釈する人たちがいました。

しかし、そうした高邁な理論を振り回すよりも、

自分の目の前に救いを求め、

懐に飛び込んでくる窮鳥がいたら、

なんとしてもそれを救おうと力をふりしぼるのが

人の道なのではないでしょうか。

宗教者の実践は、これあるのみです。


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いかがでしょうか。


緊急事態宣言が出されたからと言って、

今は、黙って、ジーっと、おとなしくしている時ではありません。


今まで、どうりの活動方式ではなく、

電話や、メールや、lineや、SNS、等を活用するのです。

どう、  何しているの、  大丈夫、


声を掛けて上げて下さい。

不安な時や、元気がない時の

何気ない、一言がとても勇気づけられるのです。

今は、黙って、ジーっと、おとなしくしている時ではありません。


お互い頑張りましょう。










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