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庭野日敬氏の言葉-法を盾にする人 [庭野日敬師の言葉]

11月の連休が終わりました。

皆様は、いかがお過ごしでしょうか。
ご実家に帰省したり、ご家族で出かけたり、
また中には、お仕事の方もいると思いますが、
皆様にとって有意義な日々になったでしょうか。


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私は、
長野県にあります美ヶ原高原に出かけて来ました。
山梨県からは、車を走らせるすぐ近くですが、
いつでも行けると思うと出かけない場所でしたが、
お天気も良く、とても爽快な気分になりました。


そして、庭野日敬氏のこんな言葉を思い出しました。

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法を盾にする人

キリスト教では「神の下僕(しもべ)」という言葉を使い、

仏教では「仏の子」とか「仏弟子」といいますが、

信仰者にとっていちばん大切なのは、

絶対なる真理と、

その具現(ぐげん)者である

神仏に帰依する心でしょう。

奉仕とは、

読んで字のごとく「仕え奉る」ことです。

仏さまのみ心をわが心とし、

仏さまの教えを日々の生活に実行いたします、

という誓いが、

仏さまに仕え奉る出発点です。

ところが、

神仏に仕え奉る下僕、

仏さまのお弟子であることを忘れて、

法の威(い)を借りて自らを高しとし、

自分をまわりの人に

押しつけるような態度をとる人が、

ときどきいるのです。

それでは、

自分の欲望やわがままを通す道具として

法を利用していることになってしまいます。

うっかりすると、

すぐその過ちに陥ってしまうのです。

信仰者とは、

あくまでも神仏に仕える者として、

自らを律する心を忘れない人のことです。

それを忘れると、

法を立てているつもりが、

法を盾にとって

自分を立てることになってしまいかねません。

くれぐれも戒めなくてはなりません。  
                
1968年(昭和43年)

庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より

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いかがでしょうか。

私自身も、

佼成会さんとご縁をいただき、

また、明るい社会づくり運動に携わるようになり、

様々な局面に遭遇する事がありましたが、

とても、大切な事であり、

自分自身にも戒めなくていけない事だと、

こころの常に留めておりますが、


あなたは、いかがだったでしょうか。



お互い様に、

自身の心に刻んで置きたい一言だと思います。











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