・庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動の古くて新しい課題 [明るい社会づくり運動のポイント]
・庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動の古くて新しい課題
こんばんは。。
朝からの寒気の影響でとても寒い日になっています。
今日は「日本に電灯が灯った日」だそうです。
1887年(明治20)のこの日、東京・鹿鳴館で移動式石油発電機を用い、日本初の白熱灯が点灯された、との事です。
普段、何気なく使っている電気ですが、ちょっと振り返って見ると、どなたが大変なご苦労をされていて、私達の生活が成り立っていることに気付かされます。
また、その白熱電球の発明には、そこからさかのぼる事8年前の1879年。アメリカのエジソンが作った電球には、京都府八幡市で取れた竹を焼いて作った炭素がフィラメント(発光部)に使用された。との事です。さらにびっくりです。
普段何気なく使っている、様々な物や出来事に、また日頃お世話になっている方に、あらためて感謝致します。
そして、素敵な一日にしていきましょう
ご存知でしょうか、
明るい社会づくり運動の中で、古くて新しい課題といわれている事がいくつか存在しています。
それは、いつも重大な課題となっている事ですが、なかなか改善されません。
と、言うことは、
その事はおそらく、「課題を乗り越える事がとても難しい事」なのだと思います。
【後継者の育成について】
拓塾構想の時から振り返ってみると、後継者の育成の重大さを認識して大変な資金を投入して、人も時間も掛けて来たように受け止めています。
しかし、今現在に至っても「後継者の育成に苦慮している」この現実を見る時に、過去の実態をかえりみる必要があると思います。
現在でも拓塾を卒塾後に、各地域で、県の事務局長や地域の会長職などを引き受けて、努力されている方もいますが、ごく一部に過ぎません。
一方で人材育成・後継者の育成に一生懸命に努力する方がいる。
でも、もう一方ではその事を一生懸命に崩そうとしている方々がいる。
(おそらく意図的にする事ではなく、結果としてそのようになっていた。)
私は、そんな場面に何度遭遇したことか。(それはとても辛い現実です。)
拓塾の運営員をしている時に、地元に帰った塾生の苦慮する姿を何度見たことか。
せっかく、拓塾で研鑽して地元に戻っても、地元ではではなかなか受け入れてもらえない現実がありました。また、私自身もそうでしたが地元で何か行動を起こそうとすると、「頭を叩かれるか、足を引っ張る。」この事の繰り返しでした。
明るい社会づくりの為に頑張ろうと意気込む若者を、後継者を、
育てようという土壌が出来てなかったように思います。
拓塾生の資質の事もあったように思います。
事前の入塾審査等を行う事や、拓塾生の地元の明るい社会づくり運動との連携が必要だった事など、現在では反省しています。
そこで、以前の拓塾構想の成功面と失敗面から学ぶ事が多いと思っています。
過去の事例を生かし、今後の後継者育成の為に生かす事こそ、明るい社会づくりの新たなスタートになると考えます。そして、今後は「ざるで水を汲んでいるような」後継者の育成方法にはピリオドを打つべきと思います。
【教会長さんとの対応】
この事は、「言うべきか言わざるべきか」非常に迷いますが、
あまりにも、このような事例が多すぎるので、
今後の事を考えて、2件だけ思いきって話す事にします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以前、こんなお話が私の所に来ました。
その方は某県で私と拓塾での同期生ですが、地元の市会議員を長年にわたって努め、市議会議長や全国の市会議員会の要職も勤めた方です。
こんな事を先日おしゃっていました。
地元に赴任してくる教会長さんの考え方がまちまちで、教会長さんが変わるたびに、明るい社会づくり運動の方向性が大きく変わってしまう。
今までせっかく順調に来ていた活動が、教会長が変わったとたんにダメ出しになってしまう。
明るい社会づくり運動の活動に、積極的な教会長さんがいると思えば、そうでない教会長さんがいる。
また、「すべての事を、私(教会長)に話をとうしなさい。」との事です。
これでは明るい社会づくり運動を推進する上で非常に厳しい現実がある。
と言った事を言っていました。
(その方は、明るい社会づくり運動からは、しばらく間を置くと言ってました。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
また以前、私が別の県に行かせていただいた時にも、同様のお話を聞かせていただきました。
その時の方は、「教会長が変わったとたん、今まで一生懸命にやって来た活動はダメだといわれた。」と、「せっかく皆で長い時間を掛けて、苦労をして積み上げてきた活動なのに・・・・・。」
目に涙を浮かべてとても悔しそうに話していました。
(後日談:数年後、また教会長さんが変わられ活動は復帰できたそうです。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
地元でご苦労していただいている明るい社会づくり運動のリダーの方々の事を考える時に、もう少し、柔軟なやりようがあるのではないでしょうか。
このようなお話はなかなか表には出にくい内容だと思います。
でも現実を直視し、改革出来る事は改革して行くようにしないと、いけないと考え、何度も何度も迷いましたが掲載致しました。
皆様のご意見・ご感想をいただけると大変ありがたいと思っています。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
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朝からの寒気の影響でとても寒い日になっています。
今日は「日本に電灯が灯った日」だそうです。
1887年(明治20)のこの日、東京・鹿鳴館で移動式石油発電機を用い、日本初の白熱灯が点灯された、との事です。
普段、何気なく使っている電気ですが、ちょっと振り返って見ると、どなたが大変なご苦労をされていて、私達の生活が成り立っていることに気付かされます。
また、その白熱電球の発明には、そこからさかのぼる事8年前の1879年。アメリカのエジソンが作った電球には、京都府八幡市で取れた竹を焼いて作った炭素がフィラメント(発光部)に使用された。との事です。さらにびっくりです。
普段何気なく使っている、様々な物や出来事に、また日頃お世話になっている方に、あらためて感謝致します。
そして、素敵な一日にしていきましょう
ご存知でしょうか、
明るい社会づくり運動の中で、古くて新しい課題といわれている事がいくつか存在しています。
それは、いつも重大な課題となっている事ですが、なかなか改善されません。
と、言うことは、
その事はおそらく、「課題を乗り越える事がとても難しい事」なのだと思います。
【後継者の育成について】
拓塾構想の時から振り返ってみると、後継者の育成の重大さを認識して大変な資金を投入して、人も時間も掛けて来たように受け止めています。
しかし、今現在に至っても「後継者の育成に苦慮している」この現実を見る時に、過去の実態をかえりみる必要があると思います。
現在でも拓塾を卒塾後に、各地域で、県の事務局長や地域の会長職などを引き受けて、努力されている方もいますが、ごく一部に過ぎません。
一方で人材育成・後継者の育成に一生懸命に努力する方がいる。
でも、もう一方ではその事を一生懸命に崩そうとしている方々がいる。
(おそらく意図的にする事ではなく、結果としてそのようになっていた。)
私は、そんな場面に何度遭遇したことか。(それはとても辛い現実です。)
拓塾の運営員をしている時に、地元に帰った塾生の苦慮する姿を何度見たことか。
せっかく、拓塾で研鑽して地元に戻っても、地元ではではなかなか受け入れてもらえない現実がありました。また、私自身もそうでしたが地元で何か行動を起こそうとすると、「頭を叩かれるか、足を引っ張る。」この事の繰り返しでした。
明るい社会づくりの為に頑張ろうと意気込む若者を、後継者を、
育てようという土壌が出来てなかったように思います。
拓塾生の資質の事もあったように思います。
事前の入塾審査等を行う事や、拓塾生の地元の明るい社会づくり運動との連携が必要だった事など、現在では反省しています。
そこで、以前の拓塾構想の成功面と失敗面から学ぶ事が多いと思っています。
過去の事例を生かし、今後の後継者育成の為に生かす事こそ、明るい社会づくりの新たなスタートになると考えます。そして、今後は「ざるで水を汲んでいるような」後継者の育成方法にはピリオドを打つべきと思います。
【教会長さんとの対応】
この事は、「言うべきか言わざるべきか」非常に迷いますが、
あまりにも、このような事例が多すぎるので、
今後の事を考えて、2件だけ思いきって話す事にします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以前、こんなお話が私の所に来ました。
その方は某県で私と拓塾での同期生ですが、地元の市会議員を長年にわたって努め、市議会議長や全国の市会議員会の要職も勤めた方です。
こんな事を先日おしゃっていました。
地元に赴任してくる教会長さんの考え方がまちまちで、教会長さんが変わるたびに、明るい社会づくり運動の方向性が大きく変わってしまう。
今までせっかく順調に来ていた活動が、教会長が変わったとたんにダメ出しになってしまう。
明るい社会づくり運動の活動に、積極的な教会長さんがいると思えば、そうでない教会長さんがいる。
また、「すべての事を、私(教会長)に話をとうしなさい。」との事です。
これでは明るい社会づくり運動を推進する上で非常に厳しい現実がある。
と言った事を言っていました。
(その方は、明るい社会づくり運動からは、しばらく間を置くと言ってました。)
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また以前、私が別の県に行かせていただいた時にも、同様のお話を聞かせていただきました。
その時の方は、「教会長が変わったとたん、今まで一生懸命にやって来た活動はダメだといわれた。」と、「せっかく皆で長い時間を掛けて、苦労をして積み上げてきた活動なのに・・・・・。」
目に涙を浮かべてとても悔しそうに話していました。
(後日談:数年後、また教会長さんが変わられ活動は復帰できたそうです。)
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地元でご苦労していただいている明るい社会づくり運動のリダーの方々の事を考える時に、もう少し、柔軟なやりようがあるのではないでしょうか。
このようなお話はなかなか表には出にくい内容だと思います。
でも現実を直視し、改革出来る事は改革して行くようにしないと、いけないと考え、何度も何度も迷いましたが掲載致しました。
皆様のご意見・ご感想をいただけると大変ありがたいと思っています。
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2024-01-22 11:59
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